チャンスの神様 in なる吉ぱーく


チャンスの神様は特殊な髪形をしているらしい。前髪はフサフサと長いけれど、うしろのほうには髪がない。つまり、つるつるにはげている。
この神様がむこうから走ってくるのだが(そしてなぜか裸で走ってくるらしいのだが)こちらは待ちかまえていて、「えいっ」とばかり、
その前髪をつかまえなければならない。うっかり逃げられてしまい、「待ってくれ」 追いかけて、うしろからつかまえようとしても、
そこはそれ、つるつるだから手が滑って捕らえることができない。  
  チャンスとは、そういうものだ、という教訓である。チャンスは好運と解釈しても、よいだろう。
ぼんやりしていたら、せっかくめぐってきたチャンスや好運を捕らえそこなってしまう。
こちらも十分な心がまえを作っておいて、―よし、チャンスがやってきたら絶対につかまえてやるぞ― 
その準備があってこそ、はじめてチャンスや好運をわがものにすることができる。

 いったん取り逃がしたチャンスは、たしかに追いかけてつかまえられるものではないけれど、チャンスの神様は、思いのほか何度も走ってくる。
一回こっきりではない。だから逃げられてしまい、―まずかったなあ―と後悔していると、またむこうから走ってくる。
今度も取り逃がし、ようやく、―次こそ―と待ちかまえていると、やっぱりノコノコと走ってくる。そこでつかまえればよろしい。

 

TOPへ戻る

(阿刀田高『夜の風見鶏』朝日文庫 p164〜168 より)
ブラウザで閉じてください