雨は恋を呼ぶアイテム
 キーンコーンカーンコーン・・・・ 学校の授業が終わり、みな帰宅していく。 ザー・・・ しかし、外は生憎の雨模様。 傘を差して帰る者、カバンを頭の上にかざして帰る者、人それぞれだ。 「困ったなぁ・・・」  玄関で、じっと雨の降っている屋外を見ながら、明らかに困った顔の八雲がいた。 「姉さんも先に帰っちゃうし・・・・サラもいないみたいだし・・・」  しっかり者の八雲が、なぜか今日に限って傘を忘れ、しかも今日に限って天満も早く帰 ってしまう。 「他に頼める人なんていないしなぁ・・・」  性格柄なのか、基本的にあまり友達という友達をそれほどは作っていない八雲は、傘に 入れてと頼める友もいない。 「・・・走って帰るしか・・・・」  学校に傘に入れて貰える友達がいない今、八雲は決心した。 「・・・これで、少しは雨防げないかな・・・」  八雲は着ていた上着を脱いで、頭から被り、走りだした。  帰宅路 「はぁはぁ・・・・」  八雲は息を切らせながら、できるだけ早く家に着こうと走っていた。 「はぁはぁ・・・・」  いくら上着を被っているとは言え、所詮気休めくらいにしかなっていないため、八雲の 体は雨でズブ濡れだった。 「はぁはぁ・・・・・・、あっ」  一瞬、八雲の足が取られた。 マンホールのフタを踏んだのだ。雨に濡れた鉄板は予想以上によく滑る。  ドシャッ  次の瞬間には、八雲は尻餅をついて転んでいた。 「痛っ・・・」  八雲は一瞬痛みを覚えたが、いつまでも転んでいると濡れてしまうだけだと、立ち上が ろうとした。  その時。 「ほぃ、掴まれよ」 「・・・えっ?」  まさか声がかかるとは思っていなかったため、八雲は少し驚いた表情で、その差し出さ れた手の者を見る。 「播磨・・・さん?」  そこには、播磨がいた。 「誰か転んでるとは思ったんだけど、まさか妹さんだったなんてな」 「あ、あの・・・」 「ま、いいから、取りあえず起き上がろうぜ」  播磨は、八雲の手をグッと掴むと、優しく引っ張り上げた。 「あ・・・」  ヒョイ、と八雲の体が起き上がる。 「取りあえず傘に入んな」 「あ・・・はい・・・」  スッと播磨の隣に身を寄せて傘に入る。 「・・・でよぉ、なんでまたズブ濡れで帰ってんだ?」 「あ、あの・・・。・・・傘を忘れてしまって・・・」 「それなら天・・・お姉さんに入れてもらって帰るとか、色々あると思うけどな」 「・・・姉さん、先に帰ってしまって・・・」 「他のダチとかに入れてもらうとかは?」 「・・・私、あまり友達・・・いないんです」 「・・・そっか、わりぃこと聞いちまったな」 「い、いえ・・・」  ザァー・・・ 雨脚は弱まることはない。 二人の間にも、少しの間、会話が途切れた。 「・・・妹さんよぉ、さすがにズブ濡れの服じゃ気持ち悪いだろ?」 「え・・えぇ・・・」 「・・・なんなら、俺んちに寄って服乾かしていくか?」 「・・・え?」 「い、いや、別に変な気で言ってるわけじゃなくて・・・ホラ! 風邪でも引くと後でツ ラいし」  播磨は続ける。 「それに、俺んち、なんて言っても、イトコの家だからよ! 別になにも心配するこたぁ ねぇって!」  播磨、頬を人差し指でポリポリと掻いてみる。 「えっと・・・」  八雲は、自分の服を見てみるが。 「・・・・・・・・」  服はおろか、さっき転んだのもあって、下着もビショビショ。とてもじゃないが、決し て気持ちのいいものとは言えない。  それと、確かに距離的には、自分の家に帰るよりは、絃子の家のほうがかなり近い。 注※ ↑の設定はあくまでこのSS限定。 「なぁに、お姉さんには連絡つけとくから、心配いらねぇって」  その言葉に、八雲は甘えることにした。 「あの・・・播磨さん・・・?」 「ん?」 「・・・寄らせて頂いて、いいでしょうか・・・?」  絃子の家 ガチャ 「取りあえず上がってくれればいいから」 「あ・・・はい、お邪魔します・・・」  八雲が絃子の家に来るのは、播磨の原稿(マンガ)を作るのを手伝った時以来だ。  そして、今日は家にイトコはいないという美味しいシチュエーション・・・ 「お客さんか? ケンジ君」  ・・・なワケはなかった。 「ん? 塚本さんかね?」 「あぁ、ちょっとワケありでビショ濡れだから」  播磨は、ビショ濡れの靴下を脱ぐ八雲をチラっと見やりながら言った。 「まぁそういう理由ならな。塚本さんにシャワーを貸してあげてくれ、ケンジ君」 「言われるまでもねぇ」  そう言うと播磨は八雲に近づいて、 「妹さん、シャワーはこの廊下の奥にあるから、自由に使ってくれな」  注※、これもあくまでこのSSの設定です。 「わざわざすみません・・・」 「あ・・・でも風呂から出て着るものどうするかな・・・さすがにそんなに早くは乾かな いしなぁ」  そこにイトコの声が。 「服なら私のYシャツがハンガーに掛けてあるから、それを着せてあげてくれ。ジーンズ も一緒に掛けてあるから」 「下着はどーすんだよ?」  変なとこで気がきく播磨。 「う〜む、さすがにそれは私のというワケにもいかんし・・・」  一瞬の間を置いて、 「・・・取りあえず服だけでいいんじゃないか?」  おいおい。 「おいおい」 「取りあえず、今塚本君が着てるものは乾燥機に入れておくから、乾くまでの辛抱だ」  確かに、他に手はない。 「・・・ってことなんだけど、それでもいいかな?」  傍で聞いていた八雲話し掛ける。 「はい・・・・色々と良くして頂いて・・・ありがとうございます・・・」 「いや、いいってこと。マンガの時は妹さんに世話になったしな」  はっくしゅん! 「あ、いけね、早く体温めないと風邪引いちまうから、シャワー浴びてきな?」 「は、はい・・・使わせて頂きます・・・」  そう一言だけ言うと、八雲は廊下の奥へ消えていった。 「さてと、天満ちゃんには連絡しとかねーとな・・・」  そう言うと播磨は、電話機に向かったのだった。  サァー・・・ シャワーから熱めのお湯が降り注ぐ。 「ふぅ・・・気持ち良い・・・」  雨で冷え切った体を温めるように、八雲はその熱めのお湯を頭から浴びている。  そして頭から浴びたお湯は、雫となって、その細く白く、綺麗な身体を伝って、下に落 ちてゆく。 「でも・・・播磨さんの家でシャワーを浴びるのは・・・二度目かな・・・」  播磨さんと刑部先生には迷惑かけちゃったかな・・・。 そう思った八雲の脳裏には、以前、播磨と徹夜でマンガを描き上げた時の事が思い出さ れていた。  そう、あの日、八雲がここに泊まった時にも、ここのシャワーを浴びているのだ。 「・・・最初、播磨さんって恐い人だと思ってたな・・・、ホントは良い人なのに」  播磨と話せば話すほど、打ち解けていく自分が分かる。 今では播磨も八雲にとって、サラと同じく、かけがえのない友になりつつあるようだ。 「男の人と楽しく話せるのって・・・播磨さんだけだよね・・・私・・・」  そこへ、 コンコン 『妹さん? ここに服置いとくから』  播磨が、脱衣所のカゴに服を置きにきた。 「あ、はい・・・、ありがとうございます」 『ま、ゆっくり温まりなよ』 「はい・・・わざわざすみません」 『いいってことだぜ』  それだけ言うと、播磨はその場を離れた。 「・・・もう少しだけ温まって、出ようかな・・・」  八雲は、フゥっと一息ついて、目を瞑ってお湯の温もりを肌で感じていた。  居間 「あの・・・」  風呂場から出た八雲が、居間にきた。 「あぁ塚本さん、温まったかな?」  テレビを見ていたイトコが、ふっと微笑んで言った。 「あ、はい・・・お陰様で温まりました・・・ありがとうございます・・・」 「ちょっと服のサイズが合わなかったかな?」  確かに、八雲が着ているイトコのYシャツは、ヒップのあたりまでかかっている。 「いえ・・・わざわざ貸して頂いて・・・」 「まぁいいってことさ。ケンジ君なら自分の部屋にいるから。場所は分ってるかな?」 「は、はい・・・」  それで会話を終えると、八雲は播磨の部屋へと向かった。  コンコン ドアをノックする。 「どーぞー」  ガチャッ 「失礼・・・します・・・」 「あぁ妹さん、少しは温まった?」 「はい・・・お陰様で・・・」 「あ、それと、お姉さんには連絡しといたから」 「姉さん・・・なんて言ってました・・・?」  少し心配そうに播磨に尋ねる。 姉さん、心配してないかな・・・と。 「ちゃんと事情を話したら、快く了解してくれたぜ?」 「そう・・・ですか」  よかった、とホッと胸を撫で下ろす。 「ただなぁ・・・」 「?」 「『八雲の彼氏として、ちゃんと面倒見てあげてね』・・・って言われちまってなぁ」  八雲と播磨は、ポッと赤くなる。 「まだ・・・誤解されたままでしたね・・・」 「わりぃなぁ・・・俺がこの前『必ず妹さんを幸せにします』なんて流れで言っちまった せいで・・・」  播磨、心底すまなそうにする。 「いえ・・・あの流れだと仕方ないと思いますし・・・それに・・・」 「それに・・・?」 「私、播磨さんが彼氏と思われてても、別に嫌じゃないですから・・・」  自分で何を言ってるのだろうと思いながらも、決してウソの言葉ではないことも分かっ ている。 「・・・俺も別に嫌ってわけじゃねぇけどさ・・・、あんま周りに誤解されたままっての も、ちょっとな」  その言葉を聞いて、少し八雲は寂しそうな表情を見せる。 播磨は気付かなかったが。 「・・・です・・・よね」 「・・・ん? どうかした?」 「あ、いえっ! なんでもないです・・・」  播磨は不思議そうな顔をした。 「それとさ、服とかは今乾燥機で乾かしてるとこだから、乾くまでゆっくりしていくとい いぜ?」 「はい、ありがとうございます」 「んなかしこまらなくてもいいって、困った時にはお互い様だしな」  へっ、と軽く笑ってみせる。 「あの・・・前から気になってたんですけど・・・、一つ聞いてもいいでしょうか?」 「ん? なにかな?」 「サングラスなんですけど・・・なぜいつもつけてるのかなぁって思って・・・」 「ん・・・まぁちょっと前に色々あってな・・・元々はヒゲとセットだったんだけどよ、 お嬢に剃られちまって」 「そうなん・・・ですか・・・」  播磨は意外なことを言った。 「なんなら、グラサン外そうか?」  まぁ別に妹さんになら見られてもいいか、天満ちゃんだとヤバイけど。と。 「え・・・」  言うやいなや、さっそくグラサン外してみせる。 「ホレ、本邦初公開、これが俺の素顔」  播磨の素顔を見て、なぜかポッとなる八雲。 「まー別に珍しいもんじゃねぇべ」  珍しくはないが、男前ではある、らしい。 「は、播磨さんって・・・」 「あん?」 「・・・カッコいいんですね・・・」 「そうか?」  面と向かって言われると照れたりする播磨。 「じゃ、公開終わり、っと」  再びグラサンをかける。  そして、ふと播磨は、外が静かになっていることに気付く。  ガラガラ・・・ 窓を開けて外を見る。 「雨・・・止んでんな・・・」 「そうですね・・・」  コンコン ドアをノックする音が。 『ケンジ君、塚本さんの服、乾いたぞ』 「・・・だとよ、妹さん」 「あ・・・はい」 「どうする・・・? 取りあえず雨も止んでるし、服も乾いちゃいるけど」 「そうです・・・ね・・・、じゃぁそろそろ・・・」  八雲は、どこか名残惜しげな顔をしながらも、立ち上がった。  玄関 「今日はお世話になりました・・・」  乾いた制服に着替えた八雲。 「気にすることはないさ」  イトコが八雲を見送りに玄関まで出てきた。 「まぁもう夜で暗いし、家まで送っていくぜ?」 「え・・・でもここまでして頂いて・・・」 「いいってこった、それに、女の子を一人夜に歩かせるってのも、男として放っておけね ぇべ」  八雲は少し考えて、 「すみません・・・じゃぁお願いします・・・」 「了解っと」 「刑部先生も・・・ありがとございました」 「あぁ、気をつけてな」 「・・・失礼します」 「んじゃ、行こうか」 「あ、はい」  そう言うと八雲は、播磨と歩き出した。 「・・・ま、なんだかんだっても、あの二人も割りと合ってるかもな」  ふふっ、と微笑みながら、イトコは言った。 「さぁて、私も風呂にでも入るとするか」  それだけ言うと、イトコは玄関から離れていった。  帰宅までの路地 「あの・・・播磨さん・・・」 「ん?」 「姉さんとは、どうなんでしょうか・・・?」 「どうって?」 「えと・・・関係というか」 「!!!!!!!!!!!!」 ←声にならない声&オーバーリアクション 「い、い、妹さん・・・それは言わない約束・・・」  播磨、焦る。 「あ、す、すいません・・・」  八雲も、焦る。 「お、お姉さんには、バラしてないよな・・・?」  播磨が天満を好きなことは、八雲とイトコのみ知っている。 「あ、ハイ、言ってませんけど・・・」 「そ、そうか・・・」  取りあえず、ホッとする。 「ゴホン、まぁなんだね、色々あるっつーことで」  播磨、声が違うぞ。 「そ、そうですか・・・」 「そ、そうなんだよな・・・」  コツコツ・・・ 雨で濡れたアスファルトは、いつもと違う音をかもし出す。 「・・・・・・・・」 「・・・・・・・・」  しばし、二人の間にも静寂が訪れる。 「あ、あの・・・」 「ん?」 「家・・・ここなんです・・・けど」  ふと横を見ると、確かにそこの家の門の札に、”塚本”と書いてある。 「あぁ、いつの間にか、着いてたな」 「あの、今日は色々とありがとうございました」 「そう何度も言わなくてもいいって」 「は、はい・・・」 「ま、取り合えず今日はここでお別れってことで」 「そうですね・・・」 「ま、お姉さんにもよろしく言っといてな」 「・・・はい」  コクリ、と頷く。 「ま、じゃぁまた学校で。おやすみー」 「はい、おやすみなさい・・・」  それだけ話し終わると、八雲は塚本家に入ろうとする。 「・・・あ」  そこで、一つなにか気付いたような八雲。 「ん? なんだ妹さん?」 「あの・・・できれば呼び方を」 「え?」 「できれば、”妹さん”って言うのは・・・、”八雲”でいいですから・・・」 「そっか?」  首をかしげる。 「ハイ・・・なんか”妹さん”って他人行儀みたいで・・・」 「・・・わーった、じゃぁ呼び方変えるな」 「はい、すみません・・・」 「じゃ、おやすみー、八雲ちゃん」 「・・・おやすみなさい」  ”八雲ちゃん”と呼ばれた八雲は、どこか嬉しげな表情で、自宅に入っていった。 「・・・・・・・・」  播磨は、しばし塚本家を見上げながら、無言だった。 「・・・そろそろ俺も帰るかな」  そう言うと、播磨は歩いて帰りだした。 「・・・八雲ちゃん・・・か。ま、この呼び方もいいかもな」  ふっ、と軽く微笑むと、帰る足を速めたのだった。 Fin.