憎悪〜中編〜

 

 

コンフォート17

プシュ!

ドアのコンプレッサのエアが抜ける音がした。

「なんで、僕が・・・・・。」

シンジは、虚ろな目で、独り言をもらした。

「確かに僕はアスカをシンクロ率で抜いたよ・・・・。

だけど、だからってこんな酷い事することないじゃないか・・・・。」

シンジは、誰に言う訳でもなく、独り言を言い続ける。

シンジは、リビングを通る。

チラッと時計を見た。

針は、午後6時ぴったりを差していた。

「はぁ・・・・。」

シンジは大きく溜め息をつく。

「今日は疲れたよ・・・・。 ・・・・あんなことが昨日から立て続けに2回もあったんだから。」

『あんなこと』とは、もちろんアスカからの暴行の事である。

シンジは、フッと軽く息を吐いた。

「アスカが僕の事を嫌っているのは分かっていた・・・。

でも、まさかこんな仕打ちを受けるとは思わなかったな・・・。」

「今日はもう寝よ・・・・。」

シンジは、いつもならば夕飯の準備をする時間だが、

精神的にもかなり負担を負ったため、

取りあえずは軽く仮眠を取る事にした。

 

 

 

 

 

「・・・・どうせ、食事を作ってもアスカは食べないんだろうな・・・・。」

シンジは、1時間ほど仮眠を取って、現在は午後7時を回っていた。

「どうしようかな・・・・。誰も食べてくれないのに、食事を作る必要なんてあるのかな・・・。」

シンジは、家事をすることに、いい加減疲れを感じ始めていた。

 

プシュー・・・

ドアのコンプレッサのエアが抜ける。

 

・・・アスカかな?

いや、アスカしかいないな。ミサトさんはまだ出張から帰ってくる日ではないし。

 

・・・・・アスカがこっちに歩いてくる音が聞こえる・・・・。

そして、僕の部屋の襖の前で止まった。

スーーー・・・・

襖が開く・・・。

アスカがこっちを見ているのは分かる。

けど、周りが暗くてアスカの表情は見えない。

 

「・・・・何の用?」

僕はアスカに聞いてみた。

もちろん、昨晩や、今日の昼にアスカからされた事を忘れたわけじゃない。

その点も覚悟の上だ。

「・・・・・・・・・・・・・・。」

アスカは無言である。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

 

静寂が続く・・・。

 

「・・・んで・・・。」

「え?」

僕はアスカの言った事を良く聞き取れなかった。

「なんでアンタなんかに・・・・・。 アンタなんかに抜かれたのよ・・・・。

アンタなんかにアタシの居場所が奪われたのよ・・・・。」

「・・・・・・・・・・・・・・・・。」

アスカの声には、殺気がこもっているわけではない。

が、感情という感情はまったく込められていない。

「なんで・・・アンタなんかに・・・・。」

アスカは繰り返し言った。

そして・・・・

「アンタさえ、アンタさえいなければ・・・・・・。」

「あ、アスカ・・・?」

徐々にアスカの声に殺気が込められていく。

「アンタなんていなければ良かったのよ!!!」

アスカは一気に僕との距離を詰めた。

そして、ベットから上体だけ起こした体勢の僕の首を締め上げる・・・・。

「グッ・・・・・・。」

く、苦しい・・・・。

「アンタなんて・・・・アンタなんて・・・。」

アスカは同じ言葉を口にしながら、ギリギリとシンジの首を締める力を強める。

シンジは、アスカに完全なマウントポジションを取られているため、

身動きの取れない状態だった。

このままでは本当に殺されてしまう・・・。

「お、お願い・・・・だか・・・ら・・・・や、やめて・・・・よ・・・・。」

シンジは良き絶え絶えの状態で、何とか声を出した。

「うるさい! アンタさえいなければ・・・・!」

だが、アスカは、手の力を緩めるどころか、ますます力を入れていた。

 

 

 

それから2、3分が経った。

未だに、なんとか意識を保っているシンジ。

いくらアスカが訓練を積んでいると言っても、所詮は女の腕力。

すぐにはシンジも落ちない。

だが、流石にそろそろ限界が近づいてきた。

 

シンジは、朦朧とする意識の中、アスカとの出会いを思い出していた・・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

僕がアスカに初めて会ったのは、オーバー・ザ・レインボウと言う、巨大空母だった。

アスカの第一印象は、「活発そうな女の子」だった。

そして、その時に使徒が襲来した。

アスカと共にエヴァ二号機に乗り込んだ。

そう言えば・・・、結局のところ、アスカはなんで僕を二号機に乗せたんだろうか・・・・?

・・・・・、アスカの事だから、きっと自分の実力を僕に見せ付けたかったんだろうな。

 

でも、その時の二号機はB型装備と言う事もあり、使徒に水中に引き込まれた時、

まったく動かなかった。

その時、ミサトさんが、無人戦艦による使徒の口内への零キロ射撃を命じた。

水中でマトモに動かない状態なのに、そんなこと出来るはずがない、僕はそう思った。

でも、この方法以外に手段がない。

僕とアスカは、この作戦を実行する覚悟を決めた。

 

そして、作戦実行。

戦艦二隻が使徒に向かって突撃する。

それと同時に二号機のアンビリカルケーブルが巻き戻される。

戦艦二隻と使徒の差がドンドン縮んでいく。

だが、使徒の口は少しも開ける気配がない。

 

僕は、二号機のトリガーを開き、アスカと一緒に手を重ねてトリガーを握った。

 

そして、二人で強く念じたんだ。

「開け、開け、開け、開け」

って。

そしたら、二号機のシンクロ率が急上昇して、ついに使徒の口をこじ開ける事ができた。

そして、戦艦二隻による零キロ射撃により、使徒殲滅に成功。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

シンジは次に、ユニゾンの時の事を思い出していた。

 

アスカの日本でのデビュー戦。

敵は、2体に分裂するタイプの使徒だった。

 

アスカの独断専行だが、その華麗なソニックブレイブの一撃により、

使徒は真っ二つになり、勝利したかと思った。

 

だが、その使徒は分裂し、僕の初号機もアスカの二号機も機能停止にされる。

 

そんな僕達に、ミサトさんのマンションでの5日間の共同生活を義務付けられた。

分裂使徒への効果的な攻撃法は、二点同時の過重攻撃らしい。

アスカも最初は反対していたが、渋々了解した。

 

最初、僕とアスカはまったく息が合ってなくて、そんな僕達にミサトさんは例をみせるかのごとく、

僕と綾波を組ませた。

 

そしたら、ピッタリと呼吸があって、上手くいった。

 

アスカはそんな僕達を見て、泣きそうな顔をし、その場を飛びだして行った。

 

そんな様子を呆然と見ていた僕なんだけど、洞木さんに、追いかけろ と言われたので

アスカの後を追った。

 

あの時、洞木さんがそう言っていなければ、恐らく僕はアスカを追いかけてはいなかったと思う。

 

アスカはコンビニの飲料コーナーにしゃがみこんでいた。

 

そんなアスカに、僕は声を掛けようとしたが、アスカに遮られた。

アスカは僕の声を遮って、「アタシにはエヴァしかない」 と言った。

 

そして僕達は近くの公園へ来た。

そこの公園の椅子にアスカは立って、サンドイッチを頬張りながら言った。

「傷つけられたプライドは10倍にして返す」

その言葉の通り、僕達はその後の練習で見事にユニゾンをマスターし、

分裂使徒を殲滅した。

でも、その最終日、5日目の夜、ミサトさんから今日は帰ってこれないと電話があった。

 

そして夜中、寝ぼけたアスカが、トイレついでに僕の寝ている隣で眠ってしまった。

自分で「ジェリコの壁」とか言っておきながら、簡単に破棄するなんて・・・。

 

僕の目の前には、アスカの大きなバストと、潤んだ唇があった。

 

僕は、その状況に流されてしまい、アスカにキスをしようとした。

アスカはグッスリ眠っているので、まったく気が付く気配がない。

 

もう少しで唇が触れようとした時、アスカの口から言葉が漏れた。

 

「ママ」

 

僕はキスをするのを止めて、床に寝る事にした。

 

 

 

 

でも、今思うと、あの時のアスカの「傷つけられたプライドは10倍にして返す」と言うセリフは、

現在の僕に向けられているものかもしれない。

 

だってそうじゃないか。

 

現に、アスカのプライドである、エヴァのシンクロ率でトップ、と言うものを、僕は奪ってしまって、

アスカに殺されかけているのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

次にシンジは思い出した事は、マグマダイバーの時。

浅間山のマグマの中に使徒の幼体が発見された。

ネルフは、この使徒の幼体の捕獲作戦に打って出た。

耐火、耐熱装備のD装備は、規格的に二号機にしか装着できないため、

アスカが出撃することになった。

 

僕は地上でサポート役。

 

途中まで作戦は上手くいったかの様に思われたが、

使徒の孵化がマギの予想よりも遥かに早かった為、捕獲作戦は中止。

二号機とアスカは、マグマの中での戦闘となった。

 

第八使徒サンダルフォンは、その強固な皮膚で、プログナイフの攻撃をまったく受け付けない。

その時、僕とアスカは昼間の、熱膨張の事を思い出した。

 

アスカは、全冷却水を使い、使徒を見事殲滅す事が出来た、が、

使徒は消滅する寸前に、冷却パイプをその鋭い爪で千切った。

冷却パイプは、二号機を支える役目も兼用しているので、

パイプが千切れ、二号機がマグマの底へと沈んでいく・・・。

 

僕は無我夢中でマグマの中に飛び込んだ。

なんて言うのかな。頭で考えて動いた訳じゃなくて、体が勝手に動いた、と言った感じかな。

そして、気付いた時には、マグマの中で、二号機の手を掴んで支えていた。

 

あの時、なんで体が勝手に動いたんだろうか・・・。

僕は未だにその理由が分からなかった。

恐らく、いつもの僕なら、あの時マグマの中には飛び込めず、ただ呆然としているだけだったと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして最後に思い出したのは、母さんの命日の日。

その日、アスカは洞木さん経由の人と擬似デート。

僕は、母さんの命日で、お墓参りに行った。

 

マンションに帰って、チェロを弾いてみた。

なんでって言うほど理由はないけど、ただ気分的に。

チェロを弾き終わると、背後から拍手が聞こえた。

アスカだった。

 

チェロのことで、アスカは初めて僕を褒めてくれた。

 

いつもアスカには罵倒されてばかりから、この時は凄く嬉しかった。

 

アスカは自分の部屋に戻って、寝転びながら、

デートの途中、つまらないからジェットコースターの順番待ちの時に帰った、と言った。

それはないと思う・・・と僕は小声で口走った。

 

着替えを終えたアスカが、キッチンのテーブルに頬杖をついて。

「キスしようか」

この言葉に僕は、いつも道理僕をからかっているのか、と思った。

でも、アスカの表情は真剣だった。

試しに僕はアスカに聞いてみた。

「どうして?」

そしたらアスカは、

「暇つぶしよ」

・・・・やっぱりアスカは僕をからかっていた。

 

さらに、「鼻息がこそばゆいから息しないで」と、鼻を塞がれた状態でキスをした。

 

数十秒間、唇が重なり合ったあと、僕は息が出来ない状態なので、

息苦しさのあまり、唇を離した。

 

アスカは、洗面所に走っていき、うがいをいていた。

 

・・・・・あれはちょっと傷ついたな・・・・。 僕にとってファーストキスだったのに・・・。

 

 

 

でも、今思うと、あのプライドが高くて、加持さん一筋のアスカが、暇つぶしでキスなどするだろうか・・・?

 

 

 

・・・・・・する訳ないよな・・・、あのアスカが。

 

 

 

 

じゃあ、どうしてアスカは僕なんかと・・・?

 

 

 

 

 

 

 

もしかして、

 

 

 

 

 

 

もしかしたら、

 

 

 

 

 

 

 

 

好意を持っていてくれたのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

少なくともあの当時は・・・・。

 

 

 

 

でも、もう、今は・・・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ご、ゴメン・・・ね、アス・・・カ・・・・。」

僕はほとんど意識がなく、息もまともに出来ない状態で、アスカに謝った。

あの時、好意が僕に向けられていたにも関わらず、アスカの気持ちに気付けなかった事に対して。

 

 

 

 

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