溶き油の心
 溶き油にはいろんな種類があります。
 大雑把に分けると、光沢が出る種類と光沢を抑える種類、乾燥の時間が早い種類と遅い種類といったところでしょうか。
 概ね、高級な溶き油は乾燥に時間がかかる気がしています。道具の説明でも少し触れましたが、テレピンを混ぜると乾燥時間が節約できます。でも、使いすぎると、テレピンは画面のひび割れの原因にもなります。この調合のコツは、経験と失敗によってはじめて身に付くものかもしれません。また、乾燥の時間は季節によっても変化します。
 若いころ、僕は一気にどんどん描きあげていくタイプでしたから、 ルソルバンとテレピンを混ぜて使っていました。構想には時間をかけましたが、いざ描き始めると、時間をかけるのは好きではなかったのです。イメージが薄まらない間に、どうしても仕上げてしまいたいと思っていましたから。そのために、テレピンは欠かせませんでした。でも、お勧めしません。普通のペインティングオイルでいいと思います。凝るタイプの人は、画材屋さんにいくと、他にもポピーオイルとか色々並んでいるはずですから、小ビンで試して見られたらと思います。それぞれのビンに特徴なども書いてあったと思いますし。僕もほとんど一通り試しました。でも、すっかり忘れています。そのうちに、愛用の油というものが自然に決まってきますから。
 ただ、いくらテレピンオイルを使ったからといって、油絵の具はそんなに早くは乾きません。半乾きの状態で上描きする場合でも、仕事が出来る程度にまで乾燥するには最低でも一晩は置く必要があります。普通の油なら、季節にも寄りますが、2、3日は必要でしょう。
 そこで、例えばスケッチに出て、現場で一気に描きあげてしまいたいといった場合には、別のテクニックが必要になります。特に僕みたいな早描きには欠かせません。それは、絵の具に混ぜる溶き油の割合を変えていくことです。
 
 まず、基本的なことですが、下塗りには油は使わないものと覚えてください。
 唐突に下塗りの話が出てきて戸惑うかもしれません。もちろん、油絵に下塗りが絶対に必要というわけでもありません。どんな絵を目指しているかにもよるでしょう。ただ、山とかコンクリートのビルとか、しっかりした質感を出す必要がある場合は下塗りは不可欠です。涼やかな林などの場合でも、まだらな下塗りがあったほうが効果的かもしれません。下塗りといっても、いきなり特別なことはできませんよね。大丈夫。絵を描くようになると、さあ今日はこれくらいにしとこうかと思ったときに、パレットの上にはまだ使いかけの絵の具が残っているものなのです。それを新品(サラ)のキャンバスに塗っておくのです。慣れてきたら、どんな絵を描くときにはどんな感じの下塗りが具合がいいかわかってくると思います。絵のタイプや色の調子によっても違うでしょうから、一概には言えません。ですが、とにかく、だまされたと思って下塗りです。
 下塗りをしない人でも、下に置いた色の上に別の色を重ねたり、そのまた上に線を引いたりということはあります。溶き油の使い方を変えていくコツというのは、そうやって、次第に上に塗り重ねていくに連れて、少しずつ溶き油を多くしていくということです。
 粘っこい絵の具の上に、おつゆたっぷりの柔らかめの筆でなら、色を置くことが可能です。もちろんこれは、そんなに簡単じゃありません。余計な苦労をしないためには、ある程度乾くのを待って次の作業に入ることです。それが無難でしょう。ただし、その場合でも、将来の剥離やひび割れを防ぎたいなら、絵の具と溶き油の混ぜ方の基本は忘れないことです。
 
絵の具の心
 絵の具は、基本的には、必ず混ぜて使うものと理解してください。
「色を混ぜると濁る」と表現した人がいました。僕は、「混ぜると落ち着く」のだと感じています。チューブから出した直後の色は、どう見ても「絵の具」です。それを混ぜてやることによって、色に命が宿るように思います。
 画材屋さんにいくと、無数の色が並んでいて、もはや絵描きは絵の具を混ぜる必要がなくなったとすら思ってしまいかねないほどに便利です。理論的にはそのとおりなのでしょうが、それでも僕は、チューブの中の生の色は、どこかうそ臭く感じてしまうのです。
 確かに色を混ぜれば混ぜるほど、絵の具は生まれた時の鮮やかさを失っていきます。でも、キャンバスの中で、色は単独では存在しません。本当はもっと鮮やかであって欲しい色が、混ぜたことによって彩度を失ったとしたら、その隣に置く色をもっともっと混ぜて作ってやればいいのです。ハイライトは、生のジンクホワイトしかありえないとしたら、そんな絵の世界は色あせて見えるでしょう。絵の中では、灰色ですら眩しい輝きを放つのです。
 キャンバスの中にあるのは、所詮うそ臭い作り物の世界ですが、その中には本物以上に本物らしく見せる色というものがあります。もちろん、隣合う色との関係で、そしてまたその隣にある色と、そうしてキャンバス全体の小さな空間の中で、色たちは本物以上に本物らしく見せる演出をしてくれるのです。そのためには、原則として色は混ぜる。イーゼルの上に真新しいキャンバスを置く前に、しっかりとそう心に深く刻んでおいてください。
 
 透明水彩絵の具で描く絵と比べて、もし油絵のほうが難しい点があるとしたら、ひとつはこの、絵の具を混ぜないと本物の色に見えないことでしょう。
 水彩画の場合は、何回か筆を洗って適度に汚れた水がいつもそばにあります。チューブから出した直後の絵の具でも、この魔法の水で色を溶けば、ほぼ自然な落ち着きが得られますから。
 油絵の場合は、そうは問屋が卸してくれないのです。
 
 
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