男たちのタバコ
もしかしてゴッド
海について
見る前に跳べ
選挙について
ボクサー
 

 
男たちのタバコ
 
しかし KOBSKI さん、タバコは男の必須アイテムでしたよね。
 
裕次郎も旭も、クリントイーストウッドもハンフリーボガードも、映画の主役たちは、いつもタバコできめてたじゃありませんか。
 
人生は長さじゃない。
希望と不安が交錯した、荒々しく高ぶる若い心には、どうしても「男としてのスタイル」が重要だった時代がありましたよ。
健康に悪い……? そうかもしれないけど、気にしたこともなかった。
 
……とまあ、そういうわけです。
すっかり意気地のない中年になって、いまは、やめちゃってますけど。
 
 
 
 

 

 
もしかしてゴッド  
 
おどろおどろの「山」について
 
冬になる度に、この寒空、なにを好き好んで……と、スキーに行く人の気が知れないと思う僕だから、苦しい思いをして冬山に登る人たちの心は更に更に謎です。
 
もちろん、若者時代に親しんだ夏山にしても楽なわけはなく、なんで登ってたのかなと自問しても、よくわかりません。
 
普通だと、「ただ、好きだったから」とか答えるところでしょう。
”山と渓谷”などには、山岳写真家のものした傑作が踊り、「山が呼んでいる」状態だったように思います。
芸術は爆発だあ! の、あの岡本太郎大先生が、山岳スキー協会だか連盟だかの会長だったりして……。
 
なぜ冬山に登るのか。
行かなければ遭難もしないし、膨大な捜索費用を誰が持つかでもめたりもしないのにね。
そのなぜ……で、ちょっと気になることがあります。

ケント・デリカットは宣教師でもありますが、紳助が彼に「本当に神がいると思うか」とたずねたとき、「いないと思う」と答えたのだそうです。
(紳助がテレビでいってたことだから頭から信用は出来ませんが)
                 「じゃあ、なぜ宣教師になったのか」と追求すると、「でも、もしも、いたら恐いから」といったとのこと。
 
僕は宣教師にはなりませんでしたが、この話を聞いたとき、ケントの気持ちが分かるような気がしました。
 
僕は、もしかしたら、山は本当に若者たちを呼んでいるのかもしれないと思うのです。山が呼ぶのなら、海だって呼ぶかも知れませんよ。
僕の感覚では、山の呼び方はまるで催眠術で暗示をかけるみたいなやり方に似ていると思います。社会生活の中で、あらかじめ仕込まれたパスワードが耳に入ると、機械的にシステムが起動してしまうみたいな……。
海は少し違いますよね。
つらい気持ちを慰めてくれたり、優しく抱きしめてくれたり、あたかも母の子守歌に包まれるみたいなところがあると思いませんか。
外つ国では、人魚が歌って誘うっていうところもありましたよね、そういえば……。
 
冬は暖かい部屋でコタツに入り、ポテトチップスと缶ビールを置いて、テレビとビデオのリモコンも置いて、(僕の場合はギターも近くに置いて)気ままにネットで遊んでるに限るのに、木枯らし吹きすさぶ雪の広野になにを血迷って……。
青年たちは狂気か!
こんな素朴な疑問も、なにか巨大な見えざる手によって彼らが導かれているのであるとしたら、理解できなくもないのです。
 
そりゃあ、ケントだってジョークでいったのに違いないし、僕だって本気じゃないですよ、当たり前でしょう。そのつもりで聞いてよ。
 
ただね、熱心に草野球に首まで浸かってたころ、奥市のグランドの横に護国神社があって……。
行ったことありますか、あそこ。
そこの境内に一人立つと、これがけっこう荘厳でね、「うーん、ここにはなんかいるぞ……そんな気分にどうしてもなってしまうんですよ。
笑うかもしれないけど。恐かった、ほんと。(でも、あれ、山にいるものとは別物だと思う。存在は感じるけど、受ける感覚は、たとえば中国山地の山懐に抱かれているときのものとは全然違うもの)
 
 
アインシュタインって、知ってますよね。
あの天下のNHKが、アインシュタイン方程式とかいう特集を組んでたことがあった。
僕らのいる宇宙が拡大膨張してどんどん大きくなっているって、聞いたことあるでしょ。だから、今より前、太陽から地球が出来る前は、その太陽が生まれる前は、では銀河系が誕生するさらに前は……。
遥かな昔へと、どんどんどんどん時間をさかのぼっていくと、世界は限りなく小さな時代へと戻り、宇宙の芽……究極の始まりにまで帰っていく。アインシュタインは、そのことを理論的に証明したのだそうです。
 
そして、ここからが肝心なのですが、つまり……。
宇宙の芽がどんどん発達した結果、現在の太陽系があり地球があることはわかった。しかし、最初の宇宙の芽はどこから飛んできたのか、誰がそれをつくったのか……と聞かれたとき、
「それは神だ」
アインシュタインですら、そう答えたのです。
彼の理論を理解できる人間は世界で数人しかいないといわれた天才科学者ですら、そう答えているのです。
 
うん、やっぱり、もしかしたら目に見えない何者かがいるのかも知れないという気持ちに、少しはなってきましたか。
本当は僕自身、よもや、いないと思っていますが、でも万が一、もしいたら恐いから、いつかの当たりやグループじゃないけど、注意するにこしたことはないということになりますよね……?
 
「当たるも八卦当たらぬも八卦」という言葉の意味が、誤って伝えられているという話を、ものの本で読んだことがあります。
あれは本来、”世の中には当たる八卦見と当たらぬ八卦見とがいる”という意味だったというのです。
まさに”当たるも超能力者 当たらぬも手品師”の世の中です。
もちろん、イタコだって、テレビにでない本物は恐いですよ。(本物が、もう死に絶えてたらそこまでは責任もてないけど。)
 
お互いに、くれぐれも、人の道に背くような、悪逆非道の振る舞いだけは慎みましょうね。見られていますよ、もしかしたら。
僕の場合、もう手遅れの感なきにしもあらずですが……。
 
 
 
 

 

 
海について
 
二人で砂に書いた愛の言葉を、冷たく消していくのは「波」ですが、波に罪はありません。
波は、海辺に立ちつくす人の心を癒し、涙を洗ってくれます。
君もきっと、海に甘えた経験があるはず。
忘れたとはいわせない。
母なる海。
でも、ろくに泳げもしないで無邪気に近づきすぎると、溺れます。(^^)
 
 

 

 
見る前に跳べ
 
見る前に跳べ。
考えてないで、まず実行してみろ、ということ。
本当は好きな言葉じゃなかった。
それに、跳ぶタイミングもある。
 
でも、跳んでみないとわからないものも多い。
未知なるものへの憧れと希望、おそれ、空しさ。
それらの混沌に目をつむって、跳ぶ。
 
バンジージャンプは、跳ぶ前にまわりの状況が把握できているだけ、そういう意味での不安はありませんよね。
予想したとおりの結果が、ある意味では保証されている。
冒険でもなんでもない。
ジェットコースターと同じ。
話が跳ぶけど、最近桃で kitty さんを見かけない。
ま、まさか……。
「こら、まてぇぇぇ、F20!!! とか叫びながら、南の島まで追っていったとか」(タラリ……) 
 
                   ムッシュ
 
(注)F20……F-20改氏の親しいが故の呼称。桃太郎ネットの怪人
 

 

 
選挙について
 
声高に「人で選ぶ」などというから、ごまかしに来るのでしょうか。
無所属は、もちろん人で選ぶわけですが、政党の公認候補は、国会では政党の意思決定に従うわけですから、人で選ぶなどと言うのはナンセンス。
人柄を全面に出して、「わたしを信じて欲しい」などと言っている候補者は詐欺師(ごめん。この場合は、F−20改氏のことではありません)といっていいでしょう。
 
さりとて、政党の主張も大いにグレーであります。
そうしたなかで、どの主張が嘘で、どの主張が本音かを見極めるのは、僕ら有権者の仕事でしょう。
この国をどんな国にしたいか、自分なりに考えがあるなら、せめて悪い頭で考えて、投票にはいけよな。
それは、この国の行く末に対して、責任をとるということでもありましょう。
新社会党は旧社会党左派が結成したものと思っていたら、広島県では左派は主流派で、社民党の中に入っているらしい。
その他の県の場合は、左派が新社会党。
しかし、考えてみたら、右派は民主党なわけだから、右か左かはっきりしないのが、旧社会党の流れを直接的に受け継ぐ社民党ということになります。(^^)
そういう意味では、旧社会党の流れをくむ社民党は、なにも変わっていないといえます。 党首も元に戻ったしね。
 


 

 
ボクサー
 
アルフィーのフォークギターのお兄さん。
黒眼鏡のお兄さんと、サイモン&ガーファンクルのボクサーを歌ってた。
坂崎氏と桜井氏。
ギターが凄くクリアーでうらやましいくらい綺麗。
僕があれだけ弾けたら、もっとみなさんに迷惑をかけていたと思う。
よかった。
嫌われなくて。
でも、一応、ボクサーは僕のレパートリーなんです。
アルフィーほどじゃないけど、僕のツーフィンガー、聴きたい?
 
 ♪ あいむじゃすとぁ ぷあぼーい ぞまい すとーりぃせるだむとー
 
 
ムッシュ

 
 
この頃……1994……多分。
 
 

 
 
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