忘れてしまったぜ          2000/07/27


悪いけど
もう忘れてしまったぜ
 
この街に来てからは
この街の喫茶店に入ったさ
生まれて初めて観たミュージカルも
この街の映画館だったし
見知らぬカップルの群れに混じって僕らも
青いたくらみを胸に「ロシュフォールの恋人たち」を観て
この街のレストランで食事もしたんだ
生まれて初めてにしては
ナイフとフォークの使い方も様になってたはずさ
 
だけど
チケット売場の前にはどんな色の風が流れ
暗がりに漂う空気を吸いながら僕がどんな悩みを抱き
どんな顔で君は笑っていたか覚えてるかい
お互いのどんな些細な仕草も
そして言葉も
僕らはそれを記念の年のワインのように
丁寧に熟成の樽に詰めてきたはずだったのに
 
さあ 白い花びらを散らそう
まぶしい光のシャワーにちりばめられた遙かな朝の山も
日焼けした老人の影が沈む夕暮れの港も
プラタナスの舗道も
極彩色に彩られたネオンのビルの薄暗い地下室も
この街のすべての地点が僕らのマーキングであふれていた日々に
 
君が書いた詩の
最後の1行の意味も忘れてしまったぜ
 
 

 
「あ、また昔の恋人のことを思い出してる」と思いました?
まあ、そういう男の心情を、詩にしてみたわけですけど。
でも、虚構の心象風景です。フィクションですから、念のため。
 
 
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