旅行狂時代       1999/06/20
 
 
長い間働いてばかりで、これからもまだ働き続けなければなりませんが、あるときふと振り返って、ここまでたどり着けたのはなにも僕ひとりだけの力じゃないと気付けば、これまでずっと家庭に縛られて、新婚旅行以外は旅と呼べるほどの場所にはどこにも連れていったことのなかった妻に対して、それはそれで仕方がないことだったという気持ちと裏腹に、申し訳なかったという思いがあるのも事実であり……。
1999年になったころからでしょうか、それではと僕も心を入れかえ、とはいえ仕事も決して容易でないものが少なからずありますから、そこらあたりのバランスも考えながら、チョコチョコとしか出掛けられないのですが、それでもそれなりに旅関係の情報にも目が向くようになり、その流れの中で、実は世の中ではすでに結構な数のツアーが計画され、参加者を募集していることを知った次第です。
 
 
数年前、グーサンがアンティークなおもちゃのお店みたいなものを始めたときのことです。訪ねていったとき、あまりに立地が悪いように僕には思われ、つい、「これからは子育てを終えた僕ら団塊の世代が金を使い始めるわけで、そういう意味で上向くのは旅行業みたいなものだと思うんだけどなあ」といってしまったことがありました。
そのときグーサンは、旅行業は免許が必要だったりしてそれなりに厳しいんだというような意味のことをいってましたよね。考えたけど断念したと。
当時の細かい状況がどうだったかはともかく、そして、新規に食い込む余地があったのかどうかは判然としませんが、まちがいなくいま現在は、旅行代理店はまさしく百花繚乱、仁義なき戦いに突入していますよ。
もう、大変です。
だからして、プライベートで旅行の計画を立てるのに、資料は豊富すぎるくらいあふれています。(^.^)
みんなが僕と同じことを考えたのか、それとも、まず業界が美味しい状況になって、そのあとで砂糖に群がるアリのように大勢が殺到したのか。
旅行に限らず、質のよいマーケットがあるとなると、すぐに奪い合いが始まるのが世の習いではあります。
地方の田舎町の振興策として商店街を集団化して成功したら、翌年にはすぐにとなりに大手デパートが進出しますから。
栄華は一瞬の夢。
もちろんその理屈は商業だけじゃありません。農業の分野だって、高く売れるとなると、すぐにみんなが同じものを作り出すじゃないですか。
旅行業や農業には、ほとんど先行の利はありませんよね。特許で守られてもいないし。誰でも真似ができるし、改良工夫が自由ですから。
そこからあとは、厳しいですよ。
ツアーのチラシでも、注意して見比べてみると、結構どこも知恵を振り絞っていて、計画の差別化ができている感じがあります。
簡単にいえば、安いプランは強行軍で、ゆっくりしようと思えばお高い。
でも単純にそれだけじゃないんです。あまり無理なスケジュールにしないで、安くあげる工夫ができている会社もあります。
たとえば、往復に貸し切りバスを使う『立山黒部アルペンルート』は、ちょっと気になるアイデアです。
夜出て夜に帰る計画なので宿泊費がいらない分割安感があるし。
立山黒部には僕はマイカーでと考えていたけど、全行程を自分で運転するんじゃ、日帰りはきつすぎて到底無理な相談です。前泊してアルペンルートを巡って、その日は北上して能登半島かあるいは南下して飛騨高山あたりでもう一泊して帰るのかなあと考えていました。
でも、このツアーだと、バスで寝ていって、また寝ながら帰れますから。
知恵の最後の一滴まで絞り出してますよ。(^.^)
しかし、それにしても、疲れるだろうなあ。(ΘιΘ)
 
 
                                     ムッシュ
 
 


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