秋の夜長に     2000/10/23
 
 
秋の夜は長い。
とりわけ齢も50を過ぎれば、放置しておいた怨霊たちが、次々と目覚めてもくる。
ヤツらは、枕元でひょうきんに囃し立てては、いつまでも眠らせてくれない。いずれも見覚えのある顔だ。すぐに思い出す。
誰に文句を言えるわけでもない。
ヤツらを作り出してしまったのは、まぎれもなくこの僕なのだから。
犯したあやまちが、消せない古傷となって心に楔のように深く打ち込まれているものもあれば、世間知らず故の自分がいまごろになって初めて気付き、激しく過去を恥じ入り、古くて新しい傷となったものもある。
 
ああ、苦々しい多彩な後悔が、木枯らしの夜空に舞っている。
そうとも、僕の負けだ。悪かったよ。
だが、さすがに、もう勘弁してほしいとも思う。
 
ヤツらの矢継ぎ早の狼藉には、いいかげんに閉口する。切れた堪忍袋の緒が蘇生する暇もないほどだ。
いやいや、そんなわがままを言える立場にはないのだった。
カンニングもしたし、正義感と自分を誤魔化して告げ口もした。
いくら大人たちのエゴが立ちはだかったとはいえ、ひとりの大切な人すら守り抜けなかった僕だし。
いっそ臆病者のろくでなしと呼んでくれたらいい。
 
例えば「愛している」と、そう言ってしまったらもう友達には戻れない。
だからこそ、それだけはどうしても言えなかった。
言葉にしなくてもわかりあえるまで、頑なに育てようとしたわけじゃない。ただ、ぎこちない仕草の中で、君だけには感じてほしかったのかもしれない。
いまにして思えば、僕らの愛は鉢植えのようなものだったかもしれない。言葉という水を、毎日欠かさずに注いでやらねばならなかったんだ。
でも僕らは、言葉を惜しんだ……。
ただ、言葉にはしなかったけど、ギターは弾いたよね。
そうとも。僕はギターを弾いて、たくさんの歌を歌った。
最近の研究によると、草木だって音楽を感じて育つというよ。
どうして、人間だけに言葉が必要なんだろう。言葉は不自由だし、平気で人を欺きもするのに。
 
もちろんそれとても、意気地なしの言い訳に過ぎないんだ。
わかってる。
わかってるから、お願いだ。もう眠らせてくれ。
この臆病な飲んだくれを、いいかげんに酔いつぶれさせてくれないか。
そんなに甘えた声で、いつまでも僕の耳元で囁かないでほしい。ああ、くすぐったいよ。
ほらまた、青白い月の鏡の中を、怨霊たちのパレードが通り過ぎていく。
大学教授も弁護士も、サーカスのピエロも通る。公務員もお医者さんも、ロックンローラーも踊っている。赤い髪のストリッパーも政治家も、飛騨のさるぼぼも腰を妖しく振りながらいく。
 
なんだって?
そんなセクシーな腰つきじゃ、幹事長も感じちゃう?
まったくだよな。僕だって、くすぐったいんだ。
ごめん、もう観念しよう。
踊りたければ、みんな気のすむまで踊ればいい。こうなったら、僕も朝まで付き合うさ。
犯した罪や失敗は、このまま墓場まで抱いていくよ。
もう、イカサマはやらない。
 
ああ、また予期せぬ新顔の怨霊たちが目覚め、囃し立てはじめた。
夜はまだ続く。
 
 


 
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