地ビールは好きですか    2003/08/31
 
 
 自作ビールを飲んでいるという知人がいます。
 美味いドイツビールの店でジョッキを傾けながら彼の話を聞いていると、失礼ながら笑えるというか、大変そうでした。男が何かを楽しむという場面では、困難は時として必須のスパイスですが、それにしても、失敗談や苦労話ばかりで、なかなか「美味い」という言葉が出てきません。
「しかも、密造だよな」と追求すると、アルコール度数が1%以上でなければ問題ないのだと苦しい弁明。
 彼が試作してるのは、もちろん合法的なビールと信じていますが、そのように未熟者ですから、つい失敗して、飲むと酔っちまう代物も出来てるのではないかと心配しています。
 
 ある農業公園の売店で、ビール作りセットというものが売られていました。
 添付のレシピどおりに作れば、アルコール度数が低くて、違法にはならないとのこと。ということは、逆に、どこをどう変更すれば、違法ビールになるかということも、冷静に考えたらわかりますよ。
 自作ビール男の顔を思い出し、僕も心が大いに動きました。
 ここでやめたら、戦わずして負けたことにならないか、と。ヤツより美味いビールを造って、ぜひ届けたい…。
 でもね、作る手間については、それが楽しみなんだからいいとしても、コストを考えると、出来てるのを買った方が安いんです。
 それに、味のことが無視できません。仕上がったものの味は、これは大切ですから。

 長く独占企業を守ってきたお国の方針の一部が変更され、ある程度大量に作るなら、ビールに限らず、自由にアルコールを作れるようになりました。
 個人が自分で飲む分だけ作ると法に触れますが、資金力があって大量に作るなら合法です。
 まさに、不思議の国ニッポン……。
 
 かくして、全国に地ビールブームが起こり、各地で個性的なビールが造られ始めました。
 その状況を見て、変だなとは思っていたのです。
 だって、酒やビール、ウィスキーやワインは、昔からその地域に根ざし、その地域の風土の中で生まれ、育まれてきたものでしょう。
 その味に、必然性がありますよ。
 しかし、日本にビールを造る土壌も歴史もなかったはずです。
 では、この地ビールブームは何か。短期間に、全国各地で研究開発が進められたのか。その研究者たちはどこから連れてこられたのか。
 
 ある地ビール会社の社長さんと話をする機会がありました。元々、日本酒を作っている会社です。
 その社長さんによると、こうです。
 我が国には、ビールの大手メーカーが数社あります。これらの会社は、日本人の好みに合うビールの研究開発に、日夜、心血を注いでいるのだそうです。
 
 そういえば、ドイツビールにまつわる故事に造詣の深い某教授に聞いたことがありました。
 そんな苦労の結晶の代表選手が、アサヒスーパードライだと。優れた研究チームの長年にわたる研究の成果が、眠れるキリンの牙城を崩したのだと。
 その話を聞いた時点では、僕はあのスーパードライのあっさりした個性のなさが僕の嗜好としなかったせいもあり、軽く聞き流していました。
 
 社長さんの話に戻します。
 その社長さんによると、大手ビール会社は、絶えず研究開発を続けていて、いろんなビールを試作しているのだといいます。
 そして、その中で、日本人に好まれそうなものを厳選して、商品化するのだそうです。
 
 鋭い人には、もうお分かりのことと思います。
 地ビールとは、そうした商品開発の過程で大手メーカーが捨ててきたもの、といっていいでしょう。
 一定量以上作る財力と、販売力さえあれば、大手ビール会社に赴き、いろいろと過去の試作品を見せてもらったなかから、気に入ったもののレシピを買ってくればいいわけです。それで、地ビールの一丁あがりという次第です。
 
 だからといって、地ビールの名誉のためにも断っておきますが、捨てられた試作品だから味がイマイチだとか、そういうことではありませんよ。ただ、大衆から受け入れられる味という評価は得られなかった、ということです。個性的と言い換えてもいいけど、個性的といってしまえば、すべてのものが「個性的」という形容のもとに包含されてしまう気もするので、その表現は好みません。
 遠慮なくいってしまえば、ビールの落ちこぼれですよ。
 
 う〜む。
 他人とは思えません。なぜか、地ビールのことを妙に愛しく感じたりして。
 素直でいれば幸せでいられたのに、個性を出しすぎて余計な苦労を抱え込む連中が、僕のまわりには掃いて捨てるほどいます。
 そういえばみんな、地ビールのように、妙に癖のある味を出してるなあ。
 
 
 

 
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