文庫本のおじさん事件  2011/04/22
 

出勤途中のバスの中、僕は進行方向に向いた座席に腰を下ろしていました。
先日マイミクさんからプレゼントされたソニーのウォークマンで、泉谷しげるの「春夏秋冬」を聴いていました。
忌野清志郎のライブで、泉谷や清志郎のほかに、小田和正や桑田佳祐などが参加しています。 ロックのリズムの、異質な春夏秋冬です。
この歌には、桑田のねちっこいボーカルは合わないなあなどと思いながら‥。
 
何気なく前方に目をやれば、窓を背に座るベンチシートがあり、一番運転手側に、文庫本を読んでいるおじさんがいました。
おそらくは僕と同年輩。
そのおじさんが突然立ち上がり、少しバスの後ろの方に行ったかと思うと、白い杖片手のおじさんの手を引いて、さっきまで自分が座っていた席に導いています。
白い杖の人が立っていたであろう場所は、たまたま僕の後ろ側であり、僕は気づかなかったのですが、仮に見えていたとしたら、自分は動いただろうかというと、答えは、明確に、否です。
 
朝からこういうのを見せられると、微妙です。
席を譲ったのが、せめて高校生であって欲しかった。
しかし、残念なことに、まわりに高校生はいなかったわけで。
席を譲ったおじさんは、そのまま白い杖の前に立ち、吊革にぶら下がりながら、何事もなかったかのように文庫本を開いていましたよ。
僕が、もし万が一、席を譲ったとした場合は、これはもう間違いなく、そのままその場には立てません。
隠れるように、バスの後ろの方に立ち去るに決まっています。
なにか悪戯をして、その場から逃げる悪童のように。
対して、文庫本のおじさんは、なかなかに自然体です。
どうも、おもしろくありません。
 
 
余談ですが、白い杖のそのおじさんは、40歳代にも50歳代にも、そして60歳代にも、見ようと思えば見えました。
不思議です。
どうしてでしょうか。
バスを降りられたのは僕と同じで、岡山駅。
僕の前を、車道と歩道を区別する石造りの低いモニュメントに邪魔されながら、ゆっくりゆっくりと進んでおられました。
そんな様子を、心配そうに見てはいても、僕は近寄って手を引くこともせず。
出来ないんです。
出来ませんよ。
微妙な朝‥。


 
 
 

 
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