画材屋にて    2007/04/22
 
 
 ドライブしていて、「これは!」という風景に出会ったとき、もう何年も前から、デジカメのお世話になっていました。スケッチすればいいのですが、道具が大変だし、時間もかかるし。
 でも、遠景の細かい部分はデジカメではつぶれてることが多くて。あとで油絵に直すとき、それでは困る場合があります。もうこれから先、そう何枚も描かないだろうから、どうせ描くならきっちりやりたいと思いました。だからといって、大層な道具は持ち運び出来ません。それで、とりあえず、スケッチブックにペン画はどうだと、ドローイングインクを買いに画材屋に出かけたわけです。
 
 
 
「絵を描く人間はな、絵には興味はないんじゃ」
 常連と思しき老人の絵描きさんが、額縁を物色しながら、店員と話し込んでいます。
「絵が好きな人たちはな、絵を見るんじゃ。じゃが、絵を描く連中は、他人の絵なんか興味がないんじゃ」
 そのとおりなんですよね。ぼくもそうでしたよ。店員は、ただ笑って話を聞いています。
「いまごろの若いのはな、すぐ3人展とかやるじゃろうが。それで売れたら、もう自分はプロの絵描きじゃという顔をする」
 はい、身に覚えがあります。
「それがまあ、売れるんじゃな。20万とか30万とか。若い女の子の絵は」
 もううんざりだよと、吐き出すように言い捨てました。
 男とか女とかは関係ないと思うけど。あ、でも、女の子の方が、甘えられる分だけ売れやすいのか?
 ともあれ、グループ展をやるときなどは、知人たちに案内状を出しまくり、何人かには、事前に購入を依頼しておくというケースはありますよ。会場使用料とか、額縁代とかのほか、画廊によっては売上の半分持っていくとこも普通にありますから。個展は、売れないと大赤字です。グループ展なら、費用は分担できますが、それでも、ある程度売れたって、それで普通はトントンなんですよね。このじいさん、若い女の子にちょっと厳しいか。
 ただ、話してることの中身は鋭い。傾聴に値します。
 
 絵に限らないかもしれないんですよね。
 フォークも、そういうところがある気がします。
 ライブハウスの参加者たちが交代で歌うスタイルのときなんかだと、出演者が歌うのは、大抵はオリジナルで、そんなのこっちは知らないし、ほとんどの場合、そこではじめて聴くわけだし、ちょこっと耳にしただけでは、印象に残る歌というのはさほど多くないんです。それよりなにより、自分の出番の方が気になるし。
 あ、もちろん僕だって聴いてないわけじゃないんです。聴いてますよ。聴いてますとも。だけど、どことなく、どうしてもお付き合いの部分があるわけです。すべてじゃないけど、次から次へと登場されると、半分くらいの人に対しては、ついお付き合いのスタンスで接してしまってる自分に気づいてしまうことが、それは、正直あります。
 
 
 
 老画家は、散々、絵が趣味の人間は観賞するが、それを仕事にしている人間は、概して人の作品には関心がないという話をしたあとで、
「まあ、わしは鑑賞する方じゃがな」
 立ち去り際にそう締めくくったら、店員は、ご冗談を、という顔で愛想笑い。
 僕はといえば、いまはもう、Gペンなどをドローイングインクに浸けて描くのではなくて、カートリッジ式になったマンガペンなる便利なものが出来ていることを知り、複雑な気分で買い求め、用事も済んだからと店の外に出ると、件のおじいさんは、ゴツイ外車で立ち去るところ。そのテールを見送りながら、僕は、あの最後の言葉は、まんざら冗談じゃなかったんじゃないかな、と思っていました。
 
 僕も、若いころは、他人の絵なんかに興味はなかったけど、でも、最近は違いますから。よく観るようになったし、美術雑誌にもよく目をとおすようになりました。
 実は、取り組み方というか、絵の描き方が変わったんです。
 若いころは、自由奔放で自信過剰。
 キャンバスに筆でどんどん描き進んで、勢い余って、当初意図したイメージと違う感じになってきても、それはそれで面白い仕上がりだと思えば、若いころの僕はOKだったんです。
 でも、今は違います。イメージどおりに出来ないと許せない。
 意図した表現が思うように十分に出来てないと、不愉快だし、何とか工夫して、実現しようとします。
 使う道具も、自信家時代は、筆とペインティングナイフだけでした。とはいえ、筆は何種類も使いますよ。大きさだけでなく、油絵用の筆だけじゃなくて、書道用の筆も使います。油絵の具を付けますから、洗っても筆先が傷んで、すぐにダメになりますが。だけど、その筆じゃないと出せない効果というものがありますから。でも、それにしても、筆とナイフだけでした。
 いまは、指も使えば、ティッシュペーパーも使います。
 すべては、思いどおりに表現したい、自分が伝えたいものを正確に伝えるため。
 美術雑誌など読んでたら、僕だけじゃなかった。みんな、いろんなものを使って、工夫してる。工夫は大切です。
 あ、ギターを弾くとき、特に激しいストローク奏法で弾くときは、サムピックと指とを絆創膏でグルグル巻いて固定したりもしますから。工夫してます。(^^)
 
 
 若いころは、俳優に自由に演じてもらって、想像もしなかった面白さを引き出して作品として発表する若手監督のようなスタイルだったのかも。それが今では、勝手な解釈で演じようとした勝新太郎を降ろして仲代達也に代えた黒澤監督のスタイル。
 俳優に勝手に動かれては困るんです。
 
 そういうことなのかなと、ふと、画材屋で考えたんです。
 
 
 

 
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