自転車に乗って    2002/02/20
 
 
考えてみれば、凄いネーミングだと思いませんか、自転車。
だって、自ら転がる車ですよ。
正確には、そうじゃないと思うけど。ほら、自転車は自分では転がりませんとも。乗り手がペダルを漕いで車輪を転がしてやるのですから。
 
そういえば、「自転車に乗って」という歌がありました。
 
 ♪ 自転 車に 乗っ てー ベルーぅを 鳴らーぁ しー
   向こー うの 原っぱまで 野球の 続きを
 
こういうのは、僕の記憶の中の風景にもあります。
自転車で向かう原っぱでやってるのは、野球の他には、凧揚げだったり鬼ごっこだったり。
懐かしくて、胸にジンと来ます。
当時の男の子には、曲乗りが必修科目のようにもなっていました。河原や学校の校庭で、得意になって手放しで乗ってましたよ。ハンドルを離しても、膝や身体の傾きで、方向を制御できるんです。
戦後のベビーブームで、雨後の竹の子のように世の中に生え出た僕らは、こうして、いつの間にか自転車と濃密な関係を築いていました。
 
はじめは多分、自転車は、まず大人たちが手にし、荷物を運んだり、自分が遠くに行くために使っていたに違いありません。骨太タイプは、確かジューカヨウといってました。重貨用なのでしょうか。 何かに書きましたが、自転車を抱えて列車に乗り込んだ人だって見たことがあります。そういう時代でした。だからつい最近まで、JRに自転車を伴って乗っても構わないはずだと固く信じていましたよ。だって、折り畳み式自転車は、これは完璧に荷物でしょう。じゃあ、それとさして大きさの違わない車輪の小さな自転車なら、まるでスキー板かサーフボードのように、持って乗るのはありじゃないですか。
世の中には、いろんな荷物がありますよ。
買い出しのおじさんやおばさんの、何段にも重ねられた柳行李や、額に入った百号の油絵とか。それらに比べたら、自転車の方がまだ小さく、場所もとらないかも知れません。
外国人旅行者の中には、見たこともないほどでっかい荷物の、底にタイヤが付いたのを押してる人だっているじゃないですか。
そう考え、そう主張していたら、実はJRにはいつの間にか何やらルールが出来ていて、現在では自転車はダメみたいでした。
おかしいですよね。自転車だけが差別されている。何も、朝の猛烈なラッシュ時に電車に自転車を積み込もうというんじゃないんだから。荷物は荷物なんですから。
 
話が横道にそれました。
近所の子供たちは、横乗りとか三角乗りとかいって、大人用の大きな自転車に、横からペダルに足を入れ、器用に乗っていました。
大人は、自転車を大きくまたいでサドルに座って乗りますが、子供は小さいから、サドルが付いてる水平なパイプの下から足を入れるのです。横棒の位置が子供には高すぎてまたげませんから。自転車を反対側に傾けて、横から足を入れバランスを取りながら乗るから横乗り。水平な棒の両端とペダルの位置とを繋ぐパイプがちょうど三角形で、そこに足を入れるから三角乗りとも。
でも、僕は違いました。はじめから、新品の子供用自転車だったのです。
親父に自転車屋にいけといわれて、学校の帰りに寄ったら、小さな海老茶色の自転車がお店の真ん前に置いてありました。キラキラ輝いてた。そんなの、見たこともありませんでした。
僕がお坊ちゃまだった一瞬です。
子供用の自転車は、その後しばらくすると珍しくなくなりましたけど。
 
悪童たちの集まる河原と高い土手の道との間には、どこにも急な坂道があります。
いまなら舗装道でしょうが、僕らが子どものころはそんなとこは砂利道と決まっていました。
しかも、雨で中央部分が掘れていたりして、そこに砂利やバラスが入れられ、危険な状態になっていたものです。この道を自転車で一気に降りるのは、なかなか勇気が必要でした。
怖いけど、怖いだけで実は平気なのか、実際に危険なのか、子供にはわかりません。そして、その答えを知るためには、行ってみるしかありませんでした。
えいっやっ! と走り降りて、途中で怖くなってブレーキをかけ、くぼみに車輪を取られて、見事に自転車が一回転した記憶があります。手のひらを擦りむいたくらいですんだはずだから、途中で飛び降りたのでしょうか。
親の知らない冒険ですよね。
自転車が、親に代わって僕らを教育し、鍛え、育ててくれてたのかも知れません。
 
自転車には、しかし、すぐには乗れません。
はじめは、誰でも転びますから。
乗りこなすためには、練習が必要でしたよ。
それは、成長のための大きな試練のようでもあり、ある意味では、いっぱしの悪童になるための儀式だったのでしょうか。
うしろから大人に押してもらいながら、なんとか乗る感覚をつかむまでは、嫌でも転がり続けねばなりません。
自ら、何回も、何回も転がります。
あ、そうか? それで自転車なのか?!
 
 

 
前の話へ戻る 次の話へ進む
 
【夢酒庵】に戻る

【MONSIEURの気ままな部屋】に戻る