受験シーズン雑感     2009/01/21
 
 大学入試なんてくだらない、といったら誤解されそうだけど、少なくとも、命を天秤にかけるほどのことじゃないと僕は思っています。
 僕らの時代だって、本質はそんなに変わらないと思うのですが、当時は「受験地獄」ともいわれ、ある同級生は、夜の鉄道線路に横になり死んでしまいました。受験生の自殺というのは、当時は珍しいことじゃなかったのか、最近のいじめによる自殺みたいには、センセーショナルな取り上げられ方はしなかった。多かれ少なかれ、みんな追い詰められてたんです。
 
 
 世の中というのは、弱肉強食という意味では、まるでジャングルみたいだし、僕らは確かに、困難を前にすると、時には戦ったり、時には戦わないで逃げたりもして、そして、そこには何らかの勝ち負けみたいなものも介在してるのかもしれなくて、否応無く、僕らはそんな世界で生きていかないといけないわけだけど、大学受験という関所は、いまの時代に限っていえば、「その先の人生」にそんなに大きな影響は及ぼさないと思うんです。
 
 すくなくとも、人生そのものとは、まったく直結していません。
 確かに、たとえば医学部を出て医師の国家試験に受からないと医師になれないとかいうこともあるから、少しは大学と職業とは関係があるかもしれません。
 だけど、そんな限られた分野を除けば、職業ですら、大学や専門の学部とも、絶対的な関連はないと思った方がいい。
 
「大学で何を学んだかなんて関係ありません。必要なことは、入社してから我々が教えます」と豪語する有名企業の人事担当者をテレビで見たことがあります。つまり、企業は「人」を見て選んでる。
 これは、どんな規模の会社だって、共通する真理だと思いますよ。だとしたら、勉強も大切だけど、大学で何よりも優先されるべきは、「人間磨き」のはず。
 つまり、将来を決めるのは、大学の名前や拾い集めた知識ではなくて、自分自身の価値。
 簡単な話ですよね。
 面接マニュアルなどを駆使して、人間をうわべだけ大きく見せて、まんまと希望の会社に潜り込んだって無意味です。評価に当人の中身が伴ってなければ、人生本番の舞台で苦しむのは自分ですから。
 
 
 
 だから、大切なのは、どこの大学に入るかじゃなくて、大学でどう過ごすか。
「何を学ぶか」がどうでもいいとはいわないけど、そんなことは、結局は、自分は何に興味があるか、自分は何が得意か、それを考えて決めたらいいだけのこと。肝心なのは、専攻分野だけでなく、出来るだけいろんな世界に触れて、枝を伸ばし葉を広げて、大いに刺激を受け、自分なりの価値観とか人生観とかを培い、身につけていくこと。
 言葉は悪いけど、大切なのは「遊ぶ」こと。
 だから、繰り返しますが、大学は「自分磨き」の場なんですよね。
 
 大学生というのは、言い換えたら、失敗や過ちを繰り返して、後悔ばかりが連続する時代といっていいでしょう。だってまだ馬鹿だし、未熟ですから。根拠のない自信ばかりがいくらあっても、簡単にはうまくいきません。
 失敗して失敗して、学び、負けて、負けて、負けて覚えるんですよね。おかげで、心に深く刻まれます。
 そうした苦い経験が、将来、人生の肝心なシーンで役に立ってくれるんです。
 
 
 

 
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