北の空から    2002/10/27
 
 
 妻と娘と僕と、3泊4日で北海道に行ってきました。
 予報ではこの期間の北海道は荒れ模様とのこと。果たして、吹雪の層雲峡に始まり何やら前途多難を予感させましたが、幸いにもその後は天候にも恵まれ、百パーセント無事にとはいかなかったものの、網走刑務所博物館からキタキツネ村、霧の摩周湖から阿寒湖アイヌの里、日高牧場と、僕ら家族にとっては思い出多い旅となりました。
 そうそう、阿寒のアイヌ木彫りのお店に立ち寄ったときのことです。
「お客さんたちはどちらからですか」と訪ねられ、
「お・か・や・ま」と答えた途端に、
「お、日本人だ」とお店のお兄さんたちが一斉に笑いました。
 圧倒的に多いんですよね、ホテルのレストランでも、ゆく先々の観光地でも、韓国の人たちが。しかも、驚くばかりの猛烈ぶりです。エレベーターの中は彼らに支配されているといって過言じゃないし。びっくりですよ、ほんと。(ここは軽い前振り部分だから、詳細には触れませんが…)
 旅行の締めくくりは、小樽です。
 北一ガラスのお店は品質も品揃えの多様さも見事で、娘もお気に入りのネックレスを見つけご機嫌。妻も何やらお皿を買って、小樽運河で記念写真も撮り、さあ、あとは帰るだけじゃ。
 
 小樽から新千歳空港へは、直通の快速電車があります。
 僕らの箱には、あとから、高校の修学旅行ご一行様風の一団が乗り込んできました。ちょうど、そういうシーズンみたいです。往路の岡山〜新千歳のB767便でも、修学旅行の一団を見かけましたし。
 ちょっと賑やかだけど、まあ、それも旅のアクセントです。
 
 札幌方面に向かう電車の左側の席からは、途中まで海が続きます。荒々しい、厳寒の海です。白く波頭が立ち、猛々しい頂を作っては崩れ去る様を見ていると、思わずカメラを構えていました。今回の旅行で大役を果たしたデジカメは、すでにメモリのすべてを使い切っていましたから、その時に手にしたのは望遠を装着した旧式の一眼レフです。
 シャッターを切る度にガシャッ、ガシャッ、と大きな音がします。
 ファインダーに切り取られた世界を、ひと群れの白いカモメたちが横切ったかと思うと、そのあとには、なんと驚くなかれ、波浪注意報の海(そうじゃない海域だったのでしょうか)でサーフィンをしている命知らずたち。
 そんなとき、僕の後ろの席の高校生ふたり組も、カメラを取り出した気配がありました。
 彼らが、ひとしきり北の海の魅力を堪能したと思しきころ、
「明るいから、フラッシュはたかなくて大丈夫だよな」
「うん」
「だけど、みんなフラッシュをたくというけど、なんでたくというのかなあ」
「わからん。世の中には、俺らのわからんことがたんさんある。たとえば、ほら…」
 なるほど、なるほど。好感度の高い青年たちであることよ。
 思わず振り返って、疑問を解消してあげたくなってしまいました。こういうタイミングで入手した知識は、なかなか忘れないものです。話の流れで、他にもいくつか疑問を並べていましたが、いずれも、及ばずながら力になれることばかり。
 しかし、今は家族旅行の途中です。僕の前の席には、妻と娘も乗っています。ここは我慢のしどころでしょう。
「今はストロボだけど、昔は、マグネシウムの粉を金属板の上に載せたりして、ほかの方法もあるけど、要するに、マグネシウムに電気点火して焚いて光らせてたんだよ。だから、フラッシュを焚く、というわけ」
 そんなことは、少し年輩なら誰だって知ってますよ。知ってたからといって、別に偉くも何ともありません。さりげなく振り返って、そう説明してあげたらいいだけ。
 だけど、そうするには、ためらいがありました。
 声をかけてしまえば、以後、彼らは前席の僕のことを意識せざるを得ないでしょう。僕としても、まるで他人の話に耳をそばだてている変な親父のように見られたくはありません。声をかける以上は、話をしたあとは自然な感じでその場を立ち去るのがたしなみと心得ます。
 ところが、今は家族旅行の途中です。僕一人立ち去れません。となれば、ここは沈黙を守るほかありません。
 すまない、好印象の青年たちよ。
 男は、つらいなあ。
 
 
 つらいといえば、ほかにも、ちょっとつらい話がありましたよ。
 3日目の夜、札幌のホテルの自販機を利用しようとしたときのことでした。
 百円玉が一枚、何回チャレンジしても落ちてきます。変だなと思ってよく見ると、韓国のコインでした。百円玉にそっくりの。
 どこかの土産物屋でもらったお釣りです。
 …………。
 あ、いや、誰も悪意はないんだ。
 つらくなんかないさ。(ΘしΘ;)
 
 
 

 
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