おやじは背中で叱ってくれた     2001/01/30
 
 
仕事で、新聞の全面広告を担当していたことがあります。
小さな紙面広告と区別して全面広告といってましたが、正確には、紙面の上2/3くらいを使った広告でした。
もちろん、自分で考えるわけではありません。広告代理店の人にテーマを示して、案を出させるのです。
そのころ、代理店の人は、3案持ってきていました。
しかし、当然のことながら、光る作品ばかりは持参されません。
年に6本くらい新聞広告を打っていましたから、代理店の人とは自然に親しくなります。
親しくはなりますが、ノーといわなければならないときはいわなければなりません。
案のレベルが低いと、社長に叱られるのは僕や上司だからです。
そういう意味では、よく喧嘩をしました。
「年間契約してるから、うちの仕事はどうしても適当になりますよね」
「え、どういうこと?」
「どこかの仕事でボツになったのを、ちょこっとアレンジしてうちのに加工したりとか……」
どうせ使うのはひとつだから、まあまあなのが1本できたら、あとの2本は何とか格好を付けるだけでいいみたいな感じで考えているんじゃないかと思えるような、そんな低調なプレゼンテーションが続いたことがあったのです。
何回目かに、つい、そんな気持ちが言葉になってしまいました。
そのときは、すぐに30本くらいのボツ案のスケッチ画を持ってこられて、このほかにも、ここまでしてないものも含めたら、もっとたくさん考えて、その中からみんなで議論して選び抜いたものが、今回提案させてもらったこの3本なのですからと、抗議されてしまいました。
でも、それが事実だとしても、それだけのエネルギーを使ったあげくがこれじゃあ困るんだよな、と思いました。
いわなかったけど。
 
その頃話題になった広告に、『おやじは背中で叱ったくれた』というのがありました。
新聞全体に、無人の校舎と広い校庭が写っていて、夕暮れの校舎にかぶせて、「おやじは背中で叱ってくれた」というヘッドコピー。
どんな理由があったのか、荒れた息子が、学校の窓ガラスを割ってまわったのです。
父親はその息子を叱るのではなく、荒れた理由を聞くのでもなく、ただ、自分の手で一枚一枚新しいガラスに入れ替えて、そして帰っていくのです。
そのうしろ姿を見たときの息子の気持ちが、コピーになりました。
惹かれる広告でした。
コピーも良かった。
 
だから僕も、教訓的な話を子供にストレートにいうのはやめようと思いました。
人を説得するのに大切なのは、考え抜いたあげくの結論じゃなく、そこに至る過程、ストーリーだけでいいんだと思ったのです。
結論は、子供に自分で考えさせたらいいことだと。
それで僕はどういう行動に出たか。
僕はいまでもそうですが、ビッグコミックオリジナルを定期購読しています。
要するに、隔週出版のマンガです。
これを、さりげなく、家の中の子供の通り道に仕掛けたのです。
マンガですから。見たことのないマンガ本があれば、子供ならきっと読みます。だから仕掛けました。ところが、これはただのマンガじゃない。
短いストーリーの中に、人として大切なものは何かとか、それぞれの小さな人生と向き合う主人公たちの人間的な姿が、さりげなく投影されている上質な作品たちなのでした。
少なくとも当時は、グッと胸が熱くなる話が並んでいましたよ。
 
ちょっと脱線しました。
おやじは背中で叱ってくれたの話でした。
「ああいうのがいいなあ」というと、「あれをやったのもうちです」と営業の人が胸を張りました。
そして、あれは日本のどこかで現実にあった話のような作り方をしていますが、実はフィクションなんですよ、とも。
意外でした。
僕も、てっきりどこかから泣ける話を捜してきて、それをコピーに使ったものと思っていましたから。
(でっち上げの作り話かい。真に受けて「三丁目の夕日」や「あじさいの詩」を子供の通り道に仕掛けた僕は、いったい……)
広告代理店のクリエイティブなんて、何でもするんだなあと、ちょっとがっかりした記憶があります。
 
まあ、そんなやりとりをしながら何回かキャッチボールをして案をしぼり、最後に社長の決断を仰ぐことになるわけです。
出撃するのは、上司と僕のふたりだけと決まっていました。
こういうものに、絶対にこれだという普遍的な答はありませんが、自分たちが設定したコンセプトで、こういう切り口から作るとしたらこれが最善かなという論理的な背景はあるし、自信は持って臨みます。
厳しく目の肥えた社長でしたが、それだけに、説明すれば分かってもらえる自信もありましたし。
 
そんな武者震いする心を抑えながら、勇躍、社長室前の廊下に立つと、上司は僕に釘を刺したものです。
「いいか、余計なことをいうんじゃないぞ。OKが出たら、さっと帰るぞ」
こうですよ。
 

 
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