草野球の神様     2007/05/12
 
 
「草野球の神様」というのは、あのビートたけし氏の短編小説です。
 登場人物の世代こそ違え、僕の「ルーズ」と驚くほど似た世界を書いています。個性あふれるメンバーが、インチキ臭いテクニックで勝ち進むところなどもそっくり。ゲームの底流に心理戦があるという組み立ても似てる。草野球って、本当にそういう要素があって、そこが醍醐味だったりするんですよね。
 でも、流石に氏は、自前の草野球チームを持っているだけあって、本格的な部分も詳しい。勉強になりました。
 後に「神様」と呼ばれることになるホームレスの男が、連戦連敗のチームに内野の守備をコーチするシーンがあるんです。内野ゴロの捕球の仕方を。
 
「ゴロを捕るにもいろんな捕り方があるけど、基本は昔タイガースにいた吉田の構えだ」
 
 吉田氏は、後にタイガースの監督も何回かやられましたが、現役時代は牛若丸と呼ばれるほどの、軽快な身のこなしの名内野手だったんですよね。それで、その「吉田の構え」というのは、右足と左足とグラブが正三角形になる体勢で球を捕るのだとのこと。要するに、グラブを前の方に出して構えなさいということ。
 
「何でこんな構えをするかと言うと、その方がボールがイレギュラーバウンドした時に、グラブをさっと後ろに引いて対応できるからなんだ。それに、手を前に構えて捕ってグラブを引いた方が、投げるモーションにも入りやすいんだ」
 
 この部分を読んだとき、僕は涙が出るほどうれしかった。
 なぜか。
 僕が草野球をやってたとき、守備位置は元々はキャッチャーでした。だけど、僕は肩がそんなに強くなかったから、よく走る相手とやる時はファーストをやったりセカンドをやったり。ときには外野も。
 そして、僕の内野ゴロの捕り方は、何を隠そう、吉田の構えだったんです。
 別に誰に教えられたわけでもなく、それが最も捕りやすいとか、かくかくしかじかで合理的だからとか、そういう明確な考えに基づくものでは全くなくて、ただ、いつのまにか自然に、ほんの偶然にそういう捕り方になっていただけの話なんですが。
 
 
 あるとき、僕が内野で、特に意識もなく、そういう風に身体の前でボールを取っていたら、チームの主戦投手で4番を打ってた先輩が、「もっと身体に引き付けて捕れよ」と注意したんですよね。
 腕を伸ばして捕っても、どうせ引いてから投げる。それなら、最も身体にひきつけたところで捕った方が、早く次の動きに入れるじゃないか、というのです。
 
 実は、その捕り方の話も小説に出てきます。
「でも、プロの中には自分の体のすぐ手前で球を捕る奴もいる。ダイエーの石毛なんかがそうだが、これはかなり勘がよくないと真似できない。基本は、なるべく前の方で捕ることだ」
 そうだったのか、と思いましたよ。
 
 僕に注意した先輩とは、あと1人加えて3人で、卓球の団体戦にもよく出ていました。卓球でも僕は彼に歯が立たなくて、スポーツでは彼に一目も二目も置いていたんです。その人から、僕の捕り方はよくないといわれたから、結構、落ち込んだわけで。
 最初は少し直そうと練習もしたけど、身に染み付いたものはそう簡単には変えられなかったんですよね。とっさのプレーというものは、ほとんど無意識の世界だし。打ってもたかだか2割7分くらいの選手(打率はそれでもチームの中では3〜5位くらい)だったから、当時は、正直、気にしていたんです。この小説の、このシーンを読んでいて、かつて内野守備で劣等感を抱いていた記憶がすぐさま蘇ってきたということは、それだけ深く傷ついていたということなんでしょう。
 
 なにやら、ビートたけし氏のおかげで救われたような気がして、オチも何もない、極めて個人的な思い出話を書いてしまいました。
 
 
 
 

 
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