まんじゅうの未来を憂う    2002/08/24
 
 
 就職して、初めて東京に出張を命じられたとき、まわりの先輩たちから、先方へのお土産に大手まんじゅうを持っていくようにアドバイスされたのを覚えています。東京に持参する岡山土産といえば、大手まんじゅうなのだと。
 では、その時僕はどうしたか。
 当時の僕は、岡山の和菓子といえば、吉備団子だと思っていました。桃太郎がイヌ、サル、キジにあげた吉備団子。岡山といえばこれでしょう。
 人の言葉に素直に耳を傾けない、生意気盛りの若造は、かくして、吉備団子の詰め合わせを持参したのでした。詰め合わせと書いたのは、団子にバリエーションがあるからです。ほのかに黄色みがある昔ながらのお餅タイプだけでなく、まわりにゴマをあしらったものやら、時代とともに工夫が施され変化してきているということです。詰め合わせだったことは確かですが、もしかしたら、吉備団子と何か別の和菓子との詰め合わせだったかも知れません。要するに、ちょっとした工夫の感じられるものをと考えた次第です。
 だって、大手まんじゅうというのは、未熟な僕には、ただのアンコのかたまりとしか見えませんでしたから。
 
 岡山には多くの和菓子屋さんがあり、吉備団子もいろんなお店が作っています。その代表格が、広栄堂武田。
 ここは、吉備団子だけでなくいろんな和菓子を作っています。僕のお気に入りは、数年前に発売した【生チョコ餅】です。これはもう、和菓子とはいえない感じがします。ほとんど生チョコそのものですから。お菓子の世界も、ボーダレスになってきたということでしょうか。
 伝統的商品の吉備団子にしても、従来は、よくあるお土産サイズの箱入りと決まっていましたが、最近は、若い人に自分たちでおやつがわりに食べてもらおうと、小さめサイズの箱を作り、ハイウェイのサービスエリアや、あちこちの売店に置いています。
 常に工夫を怠らない、意欲的で前向きな姿勢がうかがえます。戦う和菓子屋といっていいでしょう。
 実は、和菓子の売り上げは、長期低落傾向にあるようなのです。
 街で評判のケーキ屋さんは、若い女性たちで長蛇の列をなしています。そして、たとえ何人並んでいようと、女性たちは、良い子でじっと並んで、自分の順番が来るのを待っているのです。いえ、まずその前に、車を駐車場に入れるまでだって大変です。車が車道を占領し、デカイ顔をして並んで待ってますから。
 しかし、広栄堂武田には、お客はいません。
 というのは、昨日、生チョコ餅を買いに行きましたから。誰もいませんでしたよ。(SINCE1856)の老舗和菓子屋である広栄堂武田にして、これです。
 ウィークデイのお昼休みでしたから、そのせいもあるとは思いますが、それでも評判のケーキ屋さんには、そんな時間帯こそ、暇を持て余している専業主婦の姿があるはずですよ。
 
 さて、岡山でもう一方の老舗の代表が、大手まんじゅうの伊部屋です。
 なにしろ、我が社が東京に持参するお土産といえば、一部の不遜な若造社員の場合をのぞいて、基本的には大手まんじゅうと決められているわけですから。
 岡山京橋の伊部屋は、店構えからして違います。重厚にして、伝統と格式がにじみ出ています。中納言にある広栄堂武田本店も、伊部屋の店構えと比べたら大きく見劣りする感じです。
 しかし、もちろん伊部屋にもお客の姿はありません。
 何を隠そう、実は昨日、ここにも参りました。
 僕は好みませんが、広島県三次市方面に好きだという人がいるものですから。その方の元に今日これから出掛けるところなのです。だから、そのお土産を求めて。
 
 大手まんじゅうというのは、岡山の和菓子でいえば、多分東の横綱なのでしょう。だけど、簡単には求められません。大手まんじゅうは、どこにでもは置いてないのです。吉備団子なら、どんな小さなお土産コーナーにだって必ずあるのに。
 だから、僕としては初めて昨日、伊部屋を訪れたのでした。
 店内に入って、驚きました。
 大きな広いガラスケースが、カウンターのように間口にそって展開していて、そこに並んでいる和菓子は、すべてが大手まんじゅうだったのです。
 いえ、正確に言えば、「もなみ」という最中もありました。しかし、大手まんじゅうともなみだけ。ほかにはなにもありません。
 衝撃を受けました。
 こんな和菓子屋さんは初めてです。
 あえて、何も変えない。
 頑なに、昔ながらのお店の考え方とスタイルを守り続けているわけでしょう。
 これは、あの高倉健さんが映画の中で表現した世界そのものですよ。
 不器用ですが、これが伊部屋でございます。
 店構えが僕に、そう呟いてお辞儀をしています。
 
 しかし、このままでは、そういつまでもは支えられないかも知れません。
 ここまで見てしまうと、変えて欲しくない気もしますが。
 そんなちょっと切ない気分で、店をあとにしたのでした。
 たかがアンコのかたまりですが、心して食べるように。
 
 

 
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