メダカの宿題−完結編    2005/07/24
 
 
 愛するメダカたちが睡蓮鉢の中で泳いでいるのを見ていると、ここは彼らにとっての地球なのかなという気がしてきます。
 そして、僕は彼らの宇宙を支配する、ゴッドです。
 
 強い大人メダカは悠然たる動きをしています。でも、人間の影を感じるや否や、俊敏に水草の陰に隠れます。オチビさんたちはこれはもう色々で、すばしっこいのもいれば、ちょこまか動いてるのもいたりして。
 ここみたいな保護された空間じゃなくて、本当の自然界の中では、力の弱いものは、逃げたり身を隠したりすることに長けていないと生き残れないのでしょうけど。
 昨年はカエルくんたちの狼藉を予想できなくて、むしろ『元気で帰る』のお守りくらいに思い、鉢のそばに座っているのを見ても、ああ、仲良くしてるなぁ、庭の景色に調和してるなあなどと、暢気に眺めていたものです。気付いたときには黒メダカは彼らに蹂躙し尽くされ、鉢底に2匹が生き残っていただけ。
 さすがに俊敏な遺伝子をもったものの子孫だけあって、現在はあっという間に繁殖し、もう数10匹にまでに復活してくれています。よかった、よかった。
 
 それはともかくとして、カエル対策もほぼ万全な今年は、まさに過保護状態。弱い子もすべて、出来るだけ守ってやっているから、尻尾が途中から曲がっているのも元気に餌をつついてくれています。
 初めて我が家にやってきた1匹の赤メダカが途中から背骨が湾曲して、そんな風に曲がったまま泳いでいました。当時は擂鉢を水槽代わりにして飼っていたから、狭いところで周ってばかりいたから曲がったんだなと理解し、メダカくんには申し訳ないことをしたなと反省していました。でも、その後たくさん繁殖し、時々は、背中に異常がみられるメダカも出てきました。後天的な理由というよりも、狭い世界で生殖を繰り返していることの弊害かなという気がしています。
 自然界では、ハンディキャップを背負うと生きていくうえでは圧倒的に不利になるかもしれません。逃げるにしても、素早くは動けませんから。淘汰される可能性大です。優しく見守ってあげて、卵を保護し、稚魚を保護し、なんとか一人前の青年になってから一般社会というべき睡蓮鉢に合流させてあげてるから、背骨の曲がった子もたくましく生き抜いている‥‥。
 
 若いころの僕は、子供は厳しく育てたいと考えていました。
 だって、可愛い子には旅をさせよ、でしょ。
 獅子は子を千尋の谷に突き落とす、ともいいます。
 ライオンの母親は、谷底からたくましく這い上がってきた子だけを育てるのです。もちろん比喩であり、実際に子供を谷に突き落としているライオンの映像など見たこともありませんが。
 その一方で、何かのテレビで見ましたが、餌の少ない苛酷な環境に生きる動物の中には、複数の子を産んで、その中の一番たくましい子だけに餌をやり育てるというシーンもありました。谷に子供を突き落とすライオンじゃないけど、形は違っても、そういうことですよね。
 善悪を論ずる以前の、種を残すという使命一途の行動。
 すべては遺伝子に書き込まれているのでしょう。
 
 団塊の世代は、戦後日本の復興・躍進に大きく貢献してきたようにいわれ、それは半分は本当なのでしょうが、同時に弱さももっていた世代ではなかったかと思っています。
 井上陽水は【断絶】の中の「傘がない」で、
  ♪ 都会では 自殺する 若者が増えている
      今朝来た 新聞の 片隅に書いていた‥‥
と歌いました。
 高校3年生の時、同級生は鉄道自殺しましたし、最近の新聞でも、自殺者に閉める50代の割合は驚くべき高さを誇っていましたよ。
 若者の時代から自殺者が多く、中年になってまた多くの自殺者を出している世代が僕らだとしたら。
 
 スローダウンして、新しい生活にも慣れてきて思うのは、自分自身の隠しようもない老いと、あと、物足りなさです。
 物足りなさというものは、あります。自分を誤魔化すことは出来ません。
 でも、それなら自分自身に問えばいい。
 この上、何が欲しいのかを。
 それを、自分で、行動を起こして取りに行けばいいだけの話ですから。
 
 戦後まもなくに育った僕らは、家庭的には過保護の対極にありましたが、お寺や神社の境内に行くと、そこには時々遊び人のお兄さんがいて、いっしょに三角ベースをやりながら、少年の僕らにいろんな大人の話を教えてくれたものでした。旅の手品師のお兄さんも、鮮やかなカードさばきを見せてくれながら、僕らと人生の話をしましたよ。
 そういう意味では、ずーっと僕らはジャングルの中に放置されて育った世代だと思っていましたが、実は、地域社会の中では案外と過保護だったのかもしれません。
 睡蓮鉢の中のメダカたちを見ているときに感じる不安は、最近の若者たちのこととは無縁であって欲しいと、心からそう思います。
 
 

 
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