目を覚ますと、一時間十分寝過ごしていた。
しかし、そんなことはどうでもよいことだ。
予定より長めにウトウトしまったということは、このあとの2次会や3次会への備えが万全になったということでもある。ある意味、有利な展開といえた。
なにしろサンタクロースたちは酒豪揃いだから。北欧の連中など、ウォッカをポケットに忍ばせて、ボトル毎グビグビやりながら仕事に回っていると聞いた。気候温暖な瀬戸内育ちの僕には、そんな連中とはとても対等には飲めない。
「どうにか今年も仕事を終えて、少し気が緩んだかな」
独り言のように呟いてみせて、目の前のブランデーグラスを一気に空けた。酒量を調整するために寝ていたと思われるのは不愉快だったからだ。
「忘年会の会場が日本になるのを楽しみにしていたが、やっと念願がかなっていざ来てみると、わしには少し寒すぎるようじゃ」
ハワイ地区担当の男が、下半身水泳パンツ一枚の姿で愚痴をこぼした。
幸いホテルの大広間は暖房もしっかり効いているからいいようなものの、真冬の空をここまで飛んでくるのはさぞ老骨にこたえたことだろう。
「いや、サンタクロースの忘年会は、北欧が会場になることが多かったから寒いのは慣れているさ。しかし、わしももう若くない。年毎に膝の痛みが増して来る。関節痛なんじゃよ。」
彼ほどの老人じゃないが、僕も最近は時に膝が痛むことがあり、なんとなくわかる気がする。
「あら、こちらお若いのに、『サンタさんが転んだ』には参加されないの?」
気安く声をかけてきたのは、ホステス役のトナカイガールだ。
先程からこの大広間では、たくさんのサンタクロースたちが腰を低く身構えながら、正面ステージのゴールを窺っていた。ステージ中央のセクシーなトナカイガールが、「サンタサンガコロンダ」と素早く唱える瞬間を狙って。
「悪いな、趣味じゃないもんでね」
少しくらい賞品がいいからといって、子供の遊びなんかに付き合うのはごめんだ。素っ気なくかわして、ブランデーのお代わりを受け取りながら、ついトナカイガールの品定めをしてしまう。
ふ〜ん、なかなかのものじゃないか、タイプだ。
「きみ、いまきみが欲しがってるものを当ててみせようか」
向こうから話しかけられたはずみで、こっちもつい茶目っ気を出してしまう。
「あら、お分かりになるんですか」
「僕らの仕事はね、子供たちの一人ひとりに、彼らが欲しいものを届けることなんだよ」
心を読むのは朝飯前のことだった。
「信じられない」
当然だろう。もちろんサンタクロースだって間違えることはある。しかし、体調さえ悪くなければ、まず外さないものだ。
「ズバリ、当ててみせよう」
「え、サンタクにしなくていいんですか」
可愛い子猫ちゃんのような、ちょっとずるい目をして微笑んだ。
僕らは意気投合した。2次会のカラオケコーナーで盛り上がり、仕上げはホテル最上階の夜景が見える寿司バーに場所を移して、3次会に突入したのだった。
ふと気付けば、トナカイガール同伴のサンタクロースは結構多かった。みんな、隅に置けない。
「まだ、きみの名前を聞いてなかった」
遠くの港の光を遙かに臨みながらささやくと、
「キャロルよ」
来たな……と思った。
「嘘を付け」
「わかる? 本当は、キャンドルなの」
「ツリーじゃないのか」
「それは妹」
「いっそのこと、マロン・スミスにしたらどうだい」
いけない。せっかくの洒落た夜が台無しになってしまう。
「ごめん。今夜は楽しかったよ」
「本当? なんだかつまらなそうだったわ。わたし、退屈させちゃったの?」
「そんなことはないさ。充分飲んだし、充分歌ったし、きみともいい時間を持てた」
「本当ならうれしいけど。でも、あなた冷静すぎて……」
「陽気すぎる時間はいずれ終わるものだ。あとには、孤独な時間が待っている。快楽は幻想。すべては空しいものだよ」
「さみしすぎるわ」
「それが人生さ」
「祭りのあと……か」
その時だった。
「こらーっ、人を馬鹿にするんじゃねーぞ」
酔っぱらった1人のサンタが暴れ出したのだ。彼には、相手をしてくれるトナカイガールがいなかった。グラスを投げ、ボトルまで投げかねない酩酊ぶりだった。
「ねえ、止めなくていいの? それとも、ポリス待つ?」
「ポリスマツ? それはいささか苦しいんじゃないかい」
僕はゆっくりと立ち上がり、荒れ狂う男の前に立ちはだかった。
ヒューッ!
灰皿が耳元をかすめた。
柄にもなく、危ない橋を渡ろうとしている自分が不思議だった。
「そんなことをしてると、かえってプライドがずたずたになるんじゃないか」
そう声をかけると、男はふっと我に返ったようだった。
「寒い冬の夜に、人知れずプレゼントを配って回った苦労が、何の意味もなくなってしまうと思わないのか」
この愚か者め。あんたは自分だけでなく、俺たち仲間まで傷つけているんだぞ。
「いい加減に目を覚ませよ」
すると、
「ああ、わしは何をしていたのじゃろう。すまん、少し飲み過ぎたようじゃ」
意外にあっけなく大人しくなると、くずおれるように床に横たわってしまった。
「ああ、しかし、わしには分かっていた。もうサンタクロースの時代は終わったんだ。わしらは、もはや必要のない、伝説の中の存在になってしまった」
そう呟くと男は微かに笑みを浮かべ、そっと、束の間の眠りに就くのだった。
|