銭湯スケッチ    2003/02/15
 
 
 いま、お風呂を改修中です。
 工事の間、業者さんが仮風呂を置いてくれています。ベニヤ板とビニールシートで簡単に囲いをした中に、湯船が鎮座しているという代物。
 可愛いお風呂ですが、この季節には向かないかもしれません。お湯に浸かっている分には何の問題もありませが、いざ身体を洗うとなると、いささか覚悟が必要なのです。
 なにしろ裸だし、湯船の外は厳寒の冬です。雪山の露天風呂を想像して、といったらわかってもらえるでしょうか。
 というわけで、近場の温泉や銭湯を利用することが多くなっている次第です。
 
 久しぶりに銭湯の湯船に身体を沈めていると、じわり、感じるものがあります。
 子供がふたり、バタ足でお湯を元気良く跳ね飛ばしていて、昔ながらの光景だなあと懐かしく見ていました。ふと気付いたのですが、子供も、ひとりだけの時は泳いだりしませんよね。友達と一緒だからこそ、ついはしゃいだ気分にもなるのでしょう。
 洗い場の方に目をやると、少し年齢の離れた感じのふたり連れが、お互いの背中を洗いあっています。微笑ましいと思わなければいけないのでしょうが、僕の目には少し奇異に映りました。
 まだ小学生だったころ、家のお風呂が使えないとき、何回か銭湯に行ったことがあります。子供は、普通は母親に連れられて女湯に入りました。その時見た光景に似ています。僕も母に洗われましたが、あちこちでみんな、互いに背中を流したりしていたものです。
 だけど、男湯は違います。男たちは、お互いの身体を洗いあったりはしません。
 もしかしたら、純粋に気持ちが優しいだけなのかもしれないけど、洗い場に向かう僕は、本能的に、さりげなく彼らから離れた位置に移動していました。
 
 脱衣所に戻り、髪を乾かしていたら、隣のお兄さんが携帯を掛けています。
 明日は会社は休みだけど自分は仕事に出ること、でも、あまり働きすぎると労働基準法違反になって叱られるから、長くは働けないこと、などを相手に説明しています。さらには、いまポカポカ温泉(銭湯の名前)に入っていて、お風呂から出てきてみたら携帯に着信があって、電話番号からして多分君だろうと思って電話を掛けてみたこと、もしよかったら、いまから出てきませんか……などと話しています。
 別に意識して聞いてるわけじゃないけど、つい他人の人生を覗き見るという、趣味の悪い真似をしてしまう僕でした。
 
 かつての番台に相当するものは、もはや姿を消しています。
 脱衣所のさらに外側がロビーのようになっていて、そこのフロントで係の女の子が入場チケットを受け取っているだけです。チケットは自動販売機で買います。
 ロビーにはテレビやマッサージ機も並んでいて、自販機コーナーはもちろんのこと、簡単なレストランまで付属しています。
 そこでは、先に湯からあがった男たちが数人、長風呂の女たちを待っていました。
 時は流れ、銭湯も変わりました。もう、たとえ冬でも、待たされて洗い髪が芯まで冷える世界は存在しません。
 
 オロナミンCを抜きながらテレビを見ていると、作業着姿のお兄さんふたりが帰っていきます。気持ちが良かったなあと、さっぱりと清々しい風情で、笑いあいながら靴を履いていました。多分30歳前後でしょう。お風呂のない、社宅か寮のようなところで共同生活してるのでしょうか。
 お世辞にも裕福とは見えない彼らの明るい後ろ姿に、不覚にも胸が熱くなってしまいました。
 おい、明日も、頑張れよ。
 そう声を掛けたい気分になったのでした。
 
 
 

 
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