なぐさめも涙もいらないさ     2000/05/04
   
 
ひどい失敗をしてしまいました。
ヤフーのオークションで、デジタルカメラを落札したのです。
そのこと自体は、問題ありませんでした。
むしろ、ラッキーといえます。
いけなかったのはそのあとです。
品物が発送されたという日が金曜日で、その2日後、日曜日の夕方になっても届きませんでした。
そのため、妻とふたり、会話のない暗い夕食をとったのでした。
それまで宅急便を送ったり送られたりしていたのは、いつも県内や隣県どまりの近くばかりで、発送の翌日にはまず届いていましたから。
おまけに佐川急便は、「あしたの夕方までに長崎へ」といわれても、「まかせなさい」と頼もしく応えて、勢いよく走って江戸を出発していましたから。
 
確かに、そもそも、それが間違っていました。
でも、厳密にいうと、僕の失敗はその部分ではありません。
ものを知らなかったり、暮らしてきた環境が違えば、疑心暗鬼を生んだことは仕方ないと思うのです。
恥ずべきは、その後の対応の仕方でした。
 
もういまは、その時どうすればよかったか、よくわかっています。
僕のすべきことは決まっていたのです。
やるべきことを、淡々と、順序だって行えばよかったわけです。
しかし、僕は、そうはしなかった。
 
発狂した僕は、「だまされた」と確信してしまいました。
だまされた人たちが集まって、情報交換しているページが、手招きして僕を呼んでいました。
詐欺師たちに共通しているのは、みんな妙に親切なこと……。
そういえば、とっても親切な人だったなあと。
ヤフーのオークションにも、「送金したのに品物が届かないとき」みたいなページがありました。
そこには、「まれには確かに悪い人もいるが、ほとんどの場合はそうじゃない」という趣旨のことが書いてありました。相手ともう一度連絡を取ってみてください、と。
あわてて、そんなに騒がないで、という内容でした。
でも、僕はそうは読まなかった。
そう書かないと、誰もヤフーからいなくなるからじゃないのか。
そう考えたのです。
いけません。ああ、もう止まりませんとも。
そういうことです。
恥ずべき真似をしてしまいました。
 
誰にでも失敗はある……?
自分でも、同じことをしたかもしれないよ。
そういってなぐさめてくれる人もいます。
でも、そうでしょうか。
残念ながら、僕は自分の性格を知っています。
シャーロックホームズが裸足で逃げ出すほどの深読みと、その読みがしばしば当たることからくる、自信というか思い込みの強さ。それと、少年時代に祖母から、「うん知った鳩の巣」といわれたほどのあわて者。
これらが揃った結果でしょう。
よく、一を聞いて十を知るといいますが、鳩の場合は少し違ったのです。
神様が鳥たちを集めて、巣の作り方を教えたことがありました。そのとき、不幸にも中途半端に頭の良かった鳩だけは、話を途中までしか聞かないまま、「うん、わかった」と帰ってしまったのです。
「だから、鳩はいまでも巣作りが下手なままなんだよ」と祖母から教え諭されたのでした。
その効果が出ていません。
 
 
東京での仕事を終え、あとはもう、岡山に帰るだけの時の話です。
このときは、ひとりで出張していました。
指定席をとっていて、肩に掛けたカバンとは別に缶ビールとつまみの袋、それに週刊誌を手に持って、ホームのベンチに腰を下ろしていました。
そのホームには僕ひとり。不思議なことに、ほかには誰もいません。
不安はありませんでした。ほんのさっき、通り過ぎた通路の案内版に、大きな文字で18と書いてあるのを確認したばかりだったからです。
そこには、ホームごとに列車の出発時刻が書いてありました。
僕が指定をとっているのは18時58分。まちがいなく、18番ホームです。
やがて発車の時間が近付いてきました。ベンチから立ち上がり、ホームの白線近くに立ちました。でも、そこにはなぜか僕ひとりだけ。おまけに、肝心の新幹線も来ません。影も形もないとはこのことです。
遠くのホームでは、何が何分遅れていてどうのこうのと、アナウンスしています。
僕が乗るはずの新幹線がこないのも、どうせそんな原因なのだろうと考え良い子にして待っていると、時間はどんどん過ぎていきました。
遅れているというアナウンスは何本もあるものの、乗客は暴れ出すこともなくそれなりに動いており、ホームの人混みは絶え間なく流れている感じです。
そんなとき、ようやく僕は、自分が立っているホームだけ、僕以外誰もいないということの重要性に思い至り、ちょっとこれは変じゃないかと気付きました。
考えられることはただ一つ。ホームを間違えているということでしょう。でも、僕ははっきりと覚えていました。僕が指定をとった列車は、まちがいなく、18番ホームと書いてあったのです。
それは、脳裏にはっきりと刷り込まれています。
しかし、となると、1時間近く遅れていることになるわけです。しかし、どう耳を澄ませても、1時間近くも遅れていることを告げるようなアナウンスはありません。
少しだけ不安になりましたが、とりあえず、駅員に文句のひとつもいってやろうと思って、僕は動きだしました。
さきほど確認した掲示板は、その途中にありました。(この、「もう一度確認する」という行為が大切なんですよね)
それで、まあ間違ってるはずはないけど、念のため、ホームの掲示をもう一度見ておこうと立ち止まったとき……。
腰が抜けるほど驚きました。
18というのは、ホーム番号ではなく、発車時刻だったのです。
15、16、17、18、19時と、枠で区切って書いてありました。
それは、もちろん、掲示板が掲出されている、そのホームの発車時刻を知らせるものでした。
18というのは、間抜けな僕が、温くなってしまった缶ビールの入ったビニール袋をぶら下げて立っていた、あの18番ホームという意味ではなかったのです。
僕が予約した指定席は、とっくの昔に東京駅を離れ、無人のまま岡山に向かっていたのでした。
 
こんなこともありましたよ。
若いお兄さんとふたりで仙台に出張し、無事に仕事を終えての帰りのことです。
新幹線の指定席に沈み、ゆったりとしたペースではありましたが、缶ビールを空け続けていました。
時間をかけて飲んでいましたから、酔っぱらうというほどではなく、なんとなく気分のいい、満ち足りた状態を持続させたままで岡山駅が近付いたのです。
連れのお兄さんに促され、あわてて荷物をチェック。お土産の袋も忘れないように持って降りていきましたとも。
凍り付いたのは、改札を出るときのこと。お察しのとおり、切符がないのです。
すぐに思い出しました。僕は、車掌さんの検札の時に煩わしくないようにと、缶ビールと並べて、切符を窓の下に置いていたのです。
検札の後もそのままにして、切符に印字された到着予定時刻と腕時計とを時折チラチラと見比べながら、グビグビやっていたわけです。
「いま出たあの新幹線の、このお兄さんの切符の隣の席です。窓際の。列車の車掌に連絡を取って確認してください。窓のところに缶ビールを並べていて、その横に切符があるはずですから」
それはもう、必死で訴えましたよ。
そのときは、信じてもらえて事なきを得ましたけど。
 
そんなとき、僕はこう豪語したものです。
誰よりも良く集中できるタイプは、誰よりも良く弛緩するんだよ、と。
誇らしげに。
 
要するに、そそっかしいんでしょう。
またいつか、きっとやりますよ。
 
 
 


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