肖像画って好きじゃないけど    2004/05/03
 
 
 スポーツでいうと、僕は卓球やバスケットボール、草野球を好み、そうした世界ではいささか大きな顔をしていた時期もあり、要するに、さほどにスポーツは人並みには好きだったということをいっておきたいのですが、そうはいっても、ジョギングのように、ただ単に走っているだけの人を見たりすると、なんとなく、これは人種が違うなと、そんな感じを受けていました。だって、僕らは遊びたくて、楽しみたくてやってたわけですから。勝ちたいし、技術が上達したいという思いはありましたし、僕に何が足りないかも、幼稚なレベルではあっても理解していたつもりですが、神社の境内でやる三角ベースのために、星飛雄馬みたいな特訓をする人はいません。走り込みはスポーツの中では基本なのでしょうが、わかってはいても、それは僕らの遊びの人生観からすると違和感があり、なにより、あまり好きじゃなかった。
 
 肖像画というのも、僕の中ではそんな位置にあったように思います。(文章の冒頭でこういうふうに執拗に言い訳をしてしまうところが僕のずるいところなんでしょうね。まったく。まっちがい、ない。)
 ちょっと絵が好きだっただけの少年が高校生になって、創元会の最年少会員(当時)だった新良貴健三先生と出会って以来、何度も本物の涙を流すほどの薫陶を受けましたが、そもそも、石膏デッサンというものをほとんどしたことがありません。多分、生まれていままでに10枚くらいは描いたかもしれません。だけど、最後まで仕上げたのは、不確かな記憶では、アリアスとブルータスの2枚だけ。アポロもヴィーナスもアグリッパも途中投げです。きちんと比率を見て描きはじめたはずなのに、いつのまにか、どこかが狂ってますから。狂いを見つけ修正すると、そのために今度は別のところがおかしくなる。その世にも恐ろしい不具合の連鎖に気付いたときの言い知れぬ驚愕、悲しみと絶望感…。
 木炭と食パンで、一度でもデッサンをやったことがある人ならわかってもらえますよね、ねっ。まあいいや。それほど、石膏デッサンは、高度の技術と忍耐を必要とします。というか、要するに、得意じゃなかった。
 ついでに触れておくと、デッサン力というのは、音楽でいう絶対音感みたいなところがあるんですよね。それを持ってる人にとっては普通のことなのでしょうが、持ち合わせない人間にとっては追い付くのに凄いエネルギーを要するわけです。
 それと、画壇では、肖像画家というのは、ほとんど話題になりません。そもそも、芸術家扱いされてないみたいなところがありましたから。見えるままに写すのは、職人であって芸術家ではないとでもいうのでしょうか。そんなのは、本当はおかしいわけですがね。レンブラントだって、たくさん肖像画を描いていたはずだし。
 
 肖像画を描かなかった言い訳ばかり並べ立てて見苦しい限りですが、言い訳ついでにいうと、そのわりには人物画はなぜか多いんです。風景の中に人物を配するのは、普通の人はあまりやらないけど、むしろ僕は好み、多用した方でしょう。毎年春の、都立美術館で開催される創元展では、暮れなずむ川面に物憂げに目をやる若者を配した百号の風景画が展示されたりしてます。風景をとおして、精神的なものを表現したいと考えれば、人物の投入は必然的でもあったわけです。
 自画像も相当描きましたよ。自画像なら、デッサンが狂ってるからといって、誰からも文句をいわれる筋合いはないし。
 何の制約もなく描く人物画は楽しいものです。だけど、肖像画は違います。そこに自由はありません。ちょっと遊んでたら、たちまちモデルが誰なのかわからなくなってしまいますから。
 
 では、なぜいま肖像画なのか。
 なんとなく描いてみたい気分にさせられる人と出会ってしまったというのもあるし、海賊さんから注文を受けかかって、その話は幸か不幸かキャンセルになりほっと胸をなでおろしたわけですが、一時的に関心が高まったというか、感性を刺激されたことも影響しているだろうし、学生のころ親しくしていた遠い親戚のお兄さんがまだ福山で絵を取り扱っているらしいと知ったこととか、いくつかの偶然が重なったのが理由ですが、まあ、簡単にいうと、いつもの気まぐれです。
 今回、肖像画を描こうと明確に意識して1枚描いてみましたが、普通の風景画を描くエネルギーの、10枚分くらい消耗しました。ほんと、大変です。例によって、途中で投げ出したくもなりましたし。
 遊びじゃないし、おもしろくもなんともありません。
 まるで試験を受けてるような心境ですよ。だから、仕事をもっている間は、基本的にはもう描きたくありません。ごめんです。リタイアして、お小遣いが不足するようだったら、その時に相談に応じましょう。 v(^_-)
 
 今回は教訓もジョークもないのに、話が長くなってしまい申し訳ありません。
 とりあえず、作品をアトリエに上げてます。処女作です。
 ああ、くたびれましたよ。しばらくは、描きたくないなぁ、ほんと。
 
 
 

 
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