旅立ちについて    2002/04/03
 
 
友人の一人に、「わしは親父に人生を滅茶苦茶にされた」という男がいます。
彼は農家の一人息子で、大学進学の際、地元の国立大学しか受けさせてもらえなかったのです。大切な跡取り息子を外には出せない、というのがその理由です。
とはいえ、本人とすれば地元大学一本にしぼるとなると不安がありますから、ひそかに、京都の有名私立大学から受験願書を取り寄せようとしました。それだけ大学に行きたいという気持ちが強かったのでしょう。
しかし、京都から郵送されてきた書類を親に見つかり、これは何だと問い詰められたのだそうです。
「受けるだけだよ。行くわけじゃない」
必死でそう答えたらしいけど、ご両親に納得してもらえるはずもありません。
だけど、彼にしても夢があったでしょうし、自分の人生を自分で自由にできない歯がゆさは、僕などの想像の遠く及ばないところです。
果たして、彼は地元国立大学の受験に失敗し、泣く泣く、高卒で町役場に就職しました。
実は、彼が落ちたその大学に、同じ年に僕が入学したんですけど。
 
かくして彼に、「わしは親父に人生を滅茶苦茶にされた」といわせる次第となりました。
でも、高卒という学歴が、社会の中で彼にとってハンディキャップとなったかといえば、答えは否です。もしかしたら、そのことが逆にエネルギーになったのかもしれません。彼は役場にあっても、若い内から切れ者ぶりを発揮し、仕事の上で同世代の大学卒のライバルたちを寄せ付けず、ぐいぐいと昇進していきましたから。
たまたま、役場で2年間彼と机を並べて仕事をする機会があり、彼の力量を知っている僕からいわせてもらえば、彼自身に能力があったことと、それを見抜く上司に恵まれた結果でしょう。
でも、職場で評価され、地位が上がったからそれでいいじゃないかという話にはなりません。人生において、自分が望み選んだ道ではないわけですから。人生を滅茶苦茶にされたというのは、別の意味においてですから。
そういうわけで、街の深夜のスナックでは、酔った彼から、同じセリフを何回も聞かされましたよ。 さぞかしくやしく、無念だったことでしょう。
なぐさめる言葉もありません。
 
現在、彼には娘さんが一人いるはずなんです。
彼と一緒に飲んでて、何かのはずみで、「気持ちはよくわかったけど、じゃぁ、将来娘さんをどうするんだ」と聞いたとき、記憶が確かではないけど、外には出さないといったような気がします。
あるいは僕が先回りして、「可愛いから、どうせよう出さんのじゃろう」といった挑戦的なセリフに対し、反論することなく笑っていたのだったかもしれませんが。
まあ、どっちにしても意味は同じです。
一人の男が、子供の立場と親の立場とで人生観が矛盾してるようにも思えますが、彼もまた父親と同じ家系の遺伝子を受け継いでいるのだと考えれば、わかるような気もします。
ただ、最終的にどうしたかは知りません。
電話をすれば確かめられるのでしょうが、聞かないでおいてやるのが武士の情けかな。
 
 
 
父親と娘の関係でいえば、半年くらい前、直属の上司から相談を受けたことがありました。
何人目かの娘さんが、自宅から地元国立大学に通っておられるらしいのですが、外に出たいというのだそうです。相談というのは、僕の家の近くに適当なワンルームマンションはないかというものでした。
が、その顔には「娘を外に出したくない」と書いてありました。
そこで僕は、外に出したくないなら、部屋探しなんか始める前に、娘さんに対して、自分の気持ちをきちんと伝えたらどうですかとアドバイスしました。
お前のことが好きで好きで、一人にするのは死ぬほど心配なんだ。お願いだから、俺を置いて出ていかないでくれ、と素直に告げなさいと。
一人暮らしを始めるとなると、若い内はどうしても孤独と向かい合うようになるし、その時しっかりとした自分というものができてない場合は、孤独に負けてろくなことになりませんよ。特に女の子は、と脅かしておくことも忘れませんでしたよ。
自分のことは隠したまま、残酷な部下です。
 
後日上司から、娘に話をしたとの報告を受けました。
「お前にパソコンのコーチをしてくれたお兄さん(その数週間前に、少しだけお世話をしたのでした)が、一人暮らしはさせない方がいいといってたぞ」といって説得したと。
僕のアドバイスとは少し違うと思いましたが、まあいいでしょう。
しかし、もがいた甲斐もなく、娘さんは一人暮らしを始められたそうです。
忠告を都合よく曲げて、ズルをした罰かな。
 
 
 
およそ、すべての男親たちにとって、娘は恋人だと僕は思っています。だから、もし愛しい恋人からねだられたら、それを断りきれる男親なんて、ほとんどいないでしょう。
 
あ、だとしたら、町役場のあいつ、娘さんのことは本当はどうしたんだろう。
彼を知っているだけに、自説を曲げることなく家に縛り付けた方に賭けたいけど、娘さんだって、父親の遺伝子を大量に受け継いでいるはずだし…。
 
 

 
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