似てますか    2003/05/25
 
 
 僕らの時代は、学生といえば、マージャンとパチンコと酒は必修科目でした。
 僕は中学生の時、外国航路の船乗りをしていたという塾の先生から古いスタイルのマージャンを教わり、つまり当時華やかだったリーチマージャンとは少しルールは違いましたが、一応腕に覚えがありました。お酒は、父は酒豪だったのに僕はほとんど飲めず、ビールの大瓶1本で昇天していました。そしてパチンコは、マージャン仲間だった悪友たちがみんな強く、彼らはほぼ毎日勝っていたように思います。だけど、僕だけはそうはいかず、彼らの横で負けてばかり。
 そんなとき、お店の一つにスマートボールのコーナーを持っているところがあって、ある日そこで打ってみると面白いように入りました。
 それからというものは、僕だけはスマートボール三昧です。毎日通って、必ず一台終了させて帰っていました。スマートボールで、テレビも買いました。それまでのパチンコの負けを、利子をつけて返してもらった勘定です。
 
 そうした黄金の日々にも、いつか終わりが訪れます。
 へなちょこ学生も、時がくれば社会に放り出されるのです。
 僕も人並みに就職しました。そして、就職した会社の当時の方針は、新入社員はまず県北の田舎支店に勤務させると決まっていました。鉄は熱いうちに打てということで、まず、仕事の最前線を経験させようという配慮によるものと聞きました。
 そんなある日、本店で新入社員研修があり、おかげで僕も久しぶりに都会の空気を吸い、数カ月ぶりにスマートボールの店にも顔を出しました。
 そのときのことです。
「お久しぶり。こちらにどうぞ」
 顔見知りのフロアーマネージャー風のお兄さんが、僕に敬意を払って、早速よく出る台に案内してくれます。ありがたく好意を受け、その台でしばらく打っていると、
「今日はデートですか」
 なるほど、僕はそれまでは学生でしたし、絵を描いていたから薄汚れた格好ばかりでしたよ。それが今日は、背広にネクタイ。学生だったのが就職して社会人になったと知らなければ、デートでおめかししていると見えても不思議ではないかも。
「そんなんじゃないよ」
 自嘲気味な笑いを浮かべ、愛想を返していると、
「知ってますよ。おたく、タクシーの運転手さんでしょ」
 そういわれたのです。
 
 
 それから数十年が過ぎ、お酒もそこそこ強くなり、ある夜、深い酔いに沈みタクシーを拾いました。
 飲みすぎたことを自覚しながら行き先を告げ、繁華街と自宅との中間くらいまで来たとき、運転手さんが、
「ここでメーター、切りますね」
 そういったのです。
 そのときは、なんとまあサービスのいいことで、と単純に喜びましたが…。
 いま、この文章を書きながら、想像しています。
 その運転手さんは、僕を知り合いの誰かと勘違いしたんじゃないかと。もしかして、僕にそっくりの、同業者の誰かと。

 世の中には、自分とそっくりな人間が10人はいる。
 どういう根拠だか、そんなことをいいます。
 高校生の時、よく一緒に遊んでた友人とたまたま図書館であって、声をかけようとしたら、その彼が知らん顔をしています。信じられないことですが、別人だったのです。そんなこともありました。
 だから、もしそうなら、僕にそっくりの、そのタクシードライバー氏には、ぜひともお会いしてみたいものです。
 気になるなあ。
 
 
 

 
前の話へ戻る 次の話へ進む
 
【夢酒庵】に戻る

【MONSIEURの気ままな部屋】に戻る