アルデン亭敗れたり    2001/08/05
 
 
花火大会の日の夕方、僕は妻とその店のカウンターの席にいました。花火が始まるまでの時間調整も兼ねて。
評判の店ですが、オムライスの専門店が、どうしてアルデン亭なのかと訝しく思いながら。
 
事前情報では、その店はマスターが気むずかしいということでした。
食事をしながら会話をしていると、他のお客様の迷惑になるから静かに食べろと注意されるとのこと。携帯電話が鳴ると、店の外に出される。もちろん店内は禁煙。
その話を聞いたとき、他のお客の迷惑になるというけど、確かめたのか、確認したのかい、と思いましたよ。
しかし、まあ、なるほど、それほどまでに作法を重視するということは、ただ者ではない。自分がお客に提供している商品は、単なる食事ではなく、技であり美学なんだとでもいいたいのでしょう。その心意気や、良しです。美味しければ、文句はありませんから。
わくわく。
 
果たして、そのオムライスは、ちょっと変わった、意表を突いた味でした。
ポン酢醤油にたまねぎのすりおろしを混ぜ合わせたようなソースがベース。それは和風ドレッシングといってもいいかもしれません。付け合わせの生野菜のサラダの話をしてると思わないでください。そんなものはこの店のカウンターのどこにもありませんから。
ごく普通のオムライスを作る手順というものがどうなのかよく知りませんが、要するに、フライパンで具(マッシュルームとタマネギのスライス)とご飯を炒め、ほぼ炒め終えたころ、さっとその和風ソースで味付けしたのです。もちろんその瞬間には、それがポン酢醤油とも何ともわかりませんよ。「あ、ご飯に何かかけたな」と思っただけ。それをお皿によそい、フワリとかぶせたタマゴの上からも、軽く同じソースをかけて出してきました。
味自体は、だからよくあるドレッシング風で珍しくもありませんが、オムライスとの組み合わせという部分にオリジナリティーを主張しているのがわかりました。
こういうのを独創というのでしょう。
 
僕は詩を書きますが、若いころは、自分だけにしか書けない詩を追求するあまり、造語とか、特殊な漢語とかを捜してきては使って秘かに得意がっていたような気がします。それが独創だと勘違いして。
でも、本当は、そうじゃないんですよ。普通の言葉で、誰もが日常的に使っている言葉たちの中に、人をハッとさせるようなフレーズが隠れています。
そういう意味では、なかなかのオムライスでしたよ。
ハッとさせられました。
 
花火大会の会場に向かいながら、ふと、この次は、自分でも作ってみたいなという気にもなりました。秘伝? のソースを別にすればごくシンプルだし、独身時代は僕も希には料理はしましたから。好きなのは中華ですが、中華の手間に比べたら何倍も簡単そうだし。
でも、他人の詩をなぞって書いても仕方がありません。
自分で作るとなると、自分の詩を書かねばなりません。当然のこと、味を変えなければならないでしょう。
もちろん、ありきたりのオムライスは嫌です。トマトケチャップとかトマトピューレとか、要するにトマト系を使わない方針は大賛成なのでそこは守って。う〜ん。例えば、しっかり煮込んだビーフ仕立てのものも美味しそうで心が惹かれますが、でもそれだとハヤシライスに似てしまってどうでしょうかね。いや、それより、どこかの洋食屋さんのオムライスそのものかも知れません。何となく、テレビのグルメ番組で、そんなのを見たような気もします。
主役のソースは、もしかしたらウスターソースをベースにして、それに何種類か果物のすりおろしたのを入れる感じでやってみましょうか。
色々試しながら、ボールの中でカチャカチャやって味を見て……。ソース作りは、考えただけでも楽しそう。
浴衣美人が行き交う雑踏の中で、そんなことを考えていました。
 
そのとき、気付きました。
これが料理なんだな、と。
ギターにしても、最初は誰かの曲で練習はしますが、楽器が手に馴染み自分のものになってくると、きっとオリジナル曲を作りたくなりますよ。
もちろん、大勢の前で演奏するときは、聴衆は素人のオリジナルなんて馴染みがないから、みんながよく知ってる曲と組み合わせてやる必要がありますが。
それでも、曲が良かったら拍手喝采でしょう。どうせ歌うなら、自分の言葉で歌いたいものです。
食べたことがない味でも、美味しければ喜ばれるし、初めてのメニューというのは、何よりもインパクトがあります。
オムライスという簡単なメニューですが、多くのことを学びました。
 
 
でもね、実はこんなこともあったのです。
僕らが食べてるとき、お客は僕らだけなのに、ボソボソ話し声がしてる。どうも、マスターが、相手は奥さんかもしれないけれど、要するに店員の人とおしゃべりしてるんです。ボソボソ、ボソボソ。まあいいけど。
それでね、しばらくして、若い女性たちのグループが入ってきたんですよ。そしたら、その女の子たちはマスターと知り合いのようで、途端に店内が和気あいあいとなって、まるでどこかの井戸端に集まったおばさんたちのような世間話が始まりました、です。
 
おい、何だよ、ここは注文の多いオムライス屋さんじゃなかったのかい。
作法を重んじる、お客に厳しい店だと聞いたけどなあ。
断っておきますが、僕は平気なんですよ。
若い人たちが楽しそうな会話を楽しんでいる。そんな華やいだ雰囲気の片隅で食事をするのは嫌いじゃないし。
だけど、がっかりでしたよ。
 
 

(注)
この話はフィクションであり、実在するいかなるお店とも無関係であることを、ここに固くお断りしておきます。です。はい。キッパリ。
   
 

 
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