『読む』について     2000/04/15
   
 
僕の遊び場になっている雑文書きが集まる掲示板に、言葉を「文字」からでなく「読み」から引くおもしろいサイトがあるというコメントがありました。
さっそくリンクを辿ってみると、そこは静岡県の点字図書館。
たまたま妻も、視聴覚障害者センターで朗読奉仕をしているので、僕としても関心がないわけじゃないからちょっとのぞいてみました。
参考になりそうなことがあれば、妻にアドバイスしてあげられるかなという思いもありました。ときおり、むずかしい言葉や古い言葉、固有名詞など、その読み方をたずねられたりしていましたから。
つまり、インターネットを百科事典がわりに活用して、及ばずながらお役に立っているのです。
例えば、昔の力士、『九州山(やまorざん)』の読み方。これはプロレスマニアのホームページで解明できました。
「下関」の古い呼称だという『馬関』は、ヤフーでは「競馬関係」とか「乗馬関係」とか「坂本龍馬関係」といったページばかりがヒットして役に立ちませんでしたが、Gooで検索すると、下関方面のページがいくつもヒットして、『馬関(ばかん)』であることがわかりました。
すべては覚えていませんが、少なくともいままでは、百パーセント調べることができています。
 
でも、漢字をどう読むか調べるなんて、録音図書を作る作業過程の中では、ほんの一部でしかないのだということを、今回の点字図書館のコンテンツを読むことで知りました。
朗読のマニュアルは、読む人の立場に立っての、読みやすいテープ録音の仕様書から始まります。
まず、テープの前後に定められた時間の余白をとり、テープを返したところからB面をスタートさせる。そのことからして、もうすでに僕には軽い驚きでした。
読み方というか、読む調子についても細かく約束があって、例えば、『伊豆三津シーパラダイスへいった』という文章であれば、これを普通に読むと『「いずみ」とシーパラダイスへいった』と聞こえてしまうおそれがあり、「三津」の頭の部分でピッチを上げる(僕的な理解としては、少しトーンを上げる感じでしょうか。)。しかも、その場合、「伊豆と三津とのあいだで間をおいてはいけない」とか実に細かいのです。
さらに、そうやって録音されたものを、別に「校正者」という人がいてチェックしているのです。
誤読はもちろんのこと、ほかにも区切りや読む調子で修正の必要な箇所などをチェックして、朗読担当の人に返すのです。
多いときは、これが三校くらいまであるということでした。
テープを校正者に渡す際の注意というのもあります。
朗読していると、読み方が不明な言葉というものに必ずあたります。このため朗読を担当する人は、録音する際に自分が読み方を調べた言葉は、ひとつ残さず整理票に記入することになっています。
それによって、校正者の二重の手間を省くことができるからです。
その注意書きに曰く。
「たとえそれが簡単な言葉であって、自分がこんな言葉まで調べたということが校正者に知られると恥ずかしいとか思っても、その語を調査語のリストから決して外さないでください。校正者は、あなたが調べた言葉の何倍もの語句を調べているのですから」
 
ある意味でカルチャーショックであり、これは妻に知らせたらどんなに喜ぶだろうかと、僕は何か掘り出し物でも探し当てた気分で、これらのページをコピーしていたのです。ええ、コピーしましたとも。
 
 
それが、なんとも。
妻にその話をすると、「私たちは、日頃からいつもそういうことでやっているのよ」とのこと。
これまた二重の驚きでした。
僕のコピーの中で、「あ、これは仲間の人に見せたら欲しがるかもしれない」といってくれたものも少しはありましたが。
まあ、だから、まんざら何の役にも立たなかったわけではないのですが。
ともあれ、何に取り組むにしても、ちゃんとやろうと思えばその世界は深く、容易な道ではないんだな、大変なんだなと、考えてみればごく当たり前のことを、いまさらながらに思い知らされた次第です。
 
これは後日談ですが、本の朗読では、あ・い・う・え・おの母音の5つと、もうひとつ、大切な6番目の音というのがあるんですよね。
だから、朗読担当の人たちは、いつもこの6つの音、6音に注意しながら読み、テープを回しているのです。
ロクオン、録音だけに。
………………。
お許しを。
 
 
                                 ムッシュ
 
 


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