古い感動を追いかけて    2005/11/28
−「カフェ・ド・萌」の夜
 
 
 笠岡の「カフェ・ド・萌」には、その昔アングラフォークと呼ばれていた人たちが歌いにやってきます。
 僕が初めて萌のドアを入ったのは、故・高田渡(今回主役の斉藤哲夫氏以外は敬称略ということでお願いします)が来た日でした。
 加川良は、「萌の客は濃いぞ、気を付けろ」といわれて、来てみたら、まったくそのとおりだったと笑っていました。(その話は「笑う加川良」に書いたので繰り返しませんが)
 斉藤哲夫氏は、律儀に毎年ここを訪れ、僕は彼の人柄が好きで、特に大切な予定がなければ必ず彼の日には出かけるのです。
 
 
 昨夜は、その斉藤氏のライブでした。
 誰もがそうするように、彼も曲と曲との間に短いおしゃべりをします。
「20代のころ、レコーディングのとき、N響(といったかどうか正確には記憶してませんが、まあ、そんなところ)でチェロを弾いてる人が参加してくれて、その人から歌詞を出せといわれて、その曲をえらい気に入ってくれて、その親父のチェロの腕がまた凄くて、感動したんだけど、いま聴くと、これがたいしたことないんだ。そういうことって、ありますよね。えらい勘違いだった、みたいな」
 などと、笑いながら続けるわけです。
 まさに、子供のころに見た道は広いし、山は高い。そういうことですよね。ふるさとに帰って、子供のころ缶けりをして遊んだ道路を車で通ったとき、車1台がぎりぎり通るくらいの幅しかないのに愕然としたことがあります。僕らが走り回ったあの広かったはずの道が、こんなものだったのかと
 斉藤氏によると、高田渡は、晩年、自作の詩を歌わなくなってしまったそうです。恥ずかしくなったらしい。他人の詩ばかり歌っていたといいます。若いころは自信満々でも、あとから見ると、恥ずかしい。
 そういえば、萌での前回のライブのときは「日本に来た外国詩」というCDをリリースしていて、(僕も1枚買ってサインもしてもらいましたが)その中から歌っていましたかね。古い自作の歌も混ぜてた気がしないでもないけど。
 
 ことほどさように、斉藤氏は、若いころの感動は勘違いが多いと述懐しますが、そういう彼自身も、実は、拓郎のある歌だけは気に入っていて、昨夜のライブでもやりましたよ。「古い船は知っているのさ…」のところを「古い海は…」とまちがえて歌ってしまって、すぐに自分でも気付いて苦笑しながらあとを続けてましたけど。
 そのことからも、時間の厳粛な検証を経ても、ゆるぎない良いものというのはあることがわかりますよね。
 だってほら、考えてみてください。僕らにしても、若いころの感動を追いかけて、ここまで来てるわけだし。わざわざ笠岡まで、車を飛ばしたり電車に乗ったりして集まったわけですから。かつて胸を熱くしたあの感動を蘇らせ思い出に浸りたくて。
 
 
「実は、最近うつ病なんです。原因は、仕事しか考えられない。月・火・水・木と仕事で、金・土・日をライブにあててるんだけど、衣料関係の仕事で、そこはミーティングがあるんです。20人くらいでやるんだけど、これが嫌でね、きつい。頼むからそっちで勝手にやっといてよ、と思う。気楽に好きなことばかりやって生きてきたもんだからね。それで、転職しようと思って、そういう転職関係の本を見ながら、一生懸命探してるところです」
 笑ってましたが、内心、笑ってないんだろうなと思いましたよ。
 うつ病なら、僕も軽いのを経験しましたから。彼もまあ、ライブができてるくらいだから、軽いのかな。でも、気を付けないとね。突然、プッツンくるかもしれないから。ともあれ、転職という判断は正解だと思います。
 たぶん、そういうのになりやすい年齢なんでしょう。
 脳が、精神も肉体もすべてを支配しているとすれば、その脳の活動に影響を及ぼすホルモンの分泌に、変化というか、加齢に伴う衰えが出るのは、これははっきり老化として、冷静に受け入れなければならないことなのかもしれません。
 みなさんも、無理をしないで、がんばりすぎないことです。
 変だなと思ったら、迷わず休んで。
 
 
 楽しい時間でしたが、気になったのは彼の弾くギター。
 ヤマハのエレアコでしたよ。気の毒すぎますね。前回はマーチンだったと思ったけど。
 これが音を大きくしてくれるから便利なんだといいながら。でも、電池の管理が大変だと。グループでやったどこかのフォークジャンボリーで、消耗した電池で20分くらい雑音を出し続けて迷惑をかけたとか笑ってましたが。途中で誰かが気付いたんでしょうね。それにしても、便利さをとってエレアコにしたのはわかったけど、つくばねトリオのguyさんも、「でもヤマハでなくてもいいのにね」と笑ってましたよ。
 そんなところも、飾らない人柄のなせる業か。
 
「今年は萌のマスターも亡くなり、高田渡も、みんなどんどん逝ってしまうけど、でも、今日は、ふたりがそこに来てくれてるようです」
 そういってドアの近くの暗がりに目をやるなど、少々しんみりさせる話題もありましたが、長渕剛がライブで彼の曲をやったことを知人を介して伝え聞いて、「そのライブをレコーディングしてくれたら(印税が入るから)いいのに」と、いたずらっ子の眼をしたのが、ちょっと印象的でしたね。
がんばれよ。
 
 

 
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